黒い霧事件 (日本プロ野球)

日本プロ野球における黒い霧事件

日本プロ野球における黒い霧事件とは、1969年から1971年にかけて相次いで発覚した、プロ野球関係者による八百長行為を中心とした一連の不祥事です。この事件は、プロ野球界だけでなく、社会全体に大きな衝撃を与え、スポーツにおける倫理観を問い直すきっかけとなりました。

事件の概要

この事件は、プロ野球選手が暴力団関係者と結託し、金銭を受け取って試合で故意に敗北する行為（敗退行為）を行ったとされる疑惑が発覚したことから始まりました。日本野球機構は、これらの行為を野球協約第355条に規定された「敗退行為」とみなし、関与した選手に対して永久追放や長期出場停止といった厳罰を科しました。さらに、一部の選手はオートレースの八百長事件にも関与していたことが明らかになり、プロスポーツ界全体のモラルが問われる事態となりました。

事件の経緯

発覚まで

1969年シーズン中、西鉄ライオンズの球団上層部は、自軍の選手による八百長行為の疑いを持ち、極秘調査を開始しました。その結果、投手の永易将之が暴力団関係者からの依頼で敗退行為を行っていたことが判明。球団は永易を解雇することを決定します。この動きと並行して、主力打者であるカール・ボレスが「チーム内にわざとミスをする選手がいる」と新聞記者に告白したことで、報道機関も調査に乗り出し、事件が明るみに出ることとなりました。

永易の処分

10月、読売新聞と報知新聞が永易の八百長行為を報道。これを受け、球団は記者会見で永易に対する嫌疑を認めました。しかし、永易本人は八百長を否定し、その後行方をくらませました。パシフィック・リーグは永易を失格選手として処分しようとしましたが、コミッショナー委員会が調査の必要性から反対し、最終的に永易はプロ野球史上初となる「敗退行為」を理由とした永久追放処分となりました。また、同時期に週刊ポストが野球賭博を追及する記事を掲載し、永易以外にも八百長に関与した疑いのある選手がいると報道したことが、事件をさらに拡大させました。

藤田事件

読売ジャイアンツの投手コーチであった藤田元司が、義兄の会社の経営に関わるトラブルに巻き込まれ、暴力団関係者との関与が疑われる事件が発生します。この事件は、永易の八百長事件に続いてプロ野球界と暴力団の関係が明るみに出た事例として、世間からの非難を浴びることとなりました。

黒い霧へ

相次ぐ不祥事を受け、国会議員の間で球界の「黒い霧」を糾明する動きが活発化しました。スポーツ振興国会議員懇談会がプロ野球の「黒い霧」を国会で取り上げることを決定し、警察庁も永易の捜査に乗り出しました。国会議員による追及と並行して、週刊ポストの元ライターであった大滝譲司が独自に永易を探し出し、永易から八百長の事実と西鉄球団から口止め料を受け取っていたという証言を得ました。この「永易の告白」がマスコミを通じて報道され、球界に大きな波紋を広げることになりました。

過熱する報道合戦

永易の証言は、連日メディアで大きく報道されました。内外タイムスは永易の告白を独占的に報道し、実名やイニシャルで八百長に関与したとされる選手の情報を掲載。また、テレビ番組では永易のインタビュー映像が放送されるなど、報道合戦が過熱しました。西鉄球団はこれらの報道を否定しましたが、永易と球団の主張には食い違いがあり、事態はますます混迷していきました。

永易の出現

メディアを通じて告白を続けていた永易は、国会議員の働きかけにより警視庁の捜査員と面会し、八百長の事実と球団からの口止め料を認める供述を行いました。さらに永易は、記者会見の場で与田順欣ら複数の選手の名前を挙げ、八百長への関与を指摘しました。

西鉄球団vs永易

西鉄球団は、永易の証言を否定し、八百長の事実はないと主張しました。しかし、永易と接触した藤縄洋孝が逮捕されたことで、事態は大きく動きます。朝日新聞は、藤縄が逮捕直前に現役プロ野球選手の買収を認めたことを報道。さらに、西鉄球団が永易に口止め料を渡していた事実も明らかになり、球団の信用は失墜しました。

泥沼化する球界の黒い霧

西鉄球団の主張が覆されたことで、選手たちの八百長疑惑は一層深刻化しました。コミッショナー委員会は西鉄の選手たちを事情聴取しましたが、選手たちは疑惑を否定。しかし、与田と益田の出場停止処分が決定し、事態はさらに泥沼化しました。オートレースの八百長で逮捕された田中は、プロ野球での八百長行為を認め、池永正明も八百長への関与を認めました。与田は八百長を認め、他の選手への勧誘があったことも明らかにしました。これらの事実を受け、西鉄球団は選手の処分とオーナーの辞任を発表しました。

次々に発覚する黒い霧

黒い霧は西鉄以外の球団にも広がりました。中日ドラゴンズの小川健太郎が逮捕され、ロッテオリオンズにも八百長の疑いが浮上しました。東映フライヤーズの選手が八百長の勧誘を受けたことも明らかになり、近鉄バファローズの球団職員が八百長を強要されていた事実も判明しました。これらの事態を受け、セントラル・リーグは選手の出場停止処分を発表しました。

関係者の処分

パシフィック・リーグは、西鉄の選手への処分を決定しました。池永、与田、益田の3選手は永久追放処分となり、村上と船田は一年間の出場停止処分、基は厳重注意処分となりました。また、中西太は監督としての道義的責任を取って野球評論活動を停止しました。

小川は永久失格処分となり、東映の森安も八百長に関与したとして永久追放処分となりました。さらに、複数の選手が野球賭博に関与したとして処分を受けました。

事件の影響

黒い霧事件は、プロ野球界に大きな影響を与えました。西鉄は主力選手を失い戦力が低下し、球団を手放すこととなりました。また、オートレース界でも多くの選手が逮捕され、業界全体が大きな打撃を受けました。

この事件は、スポーツ界における倫理観の重要性を再認識させるとともに、プロスポーツ選手と暴力団との関係という根深い問題も浮き彫りにしました。

永久追放処分の解除へ

事件後、永久追放処分を受けた池永正明は、長らく球界から追放されたままでしたが、復権を求める動きが活発化します。多くの署名が集められ、日本野球機構に嘆願書が提出されました。しかし、嘆願は一度却下され、復権運動は困難を極めました。

しかし、プロ野球マスターズリーグが池永の選手登録を認めたことをきっかけに、復権運動の風向きが変わります。2005年にはプロ野球協約が改正され、処分対象者からの申請による球界復帰への道が開かれました。池永は、この制度を利用して球界への復帰を申請し、2005年に復権を果たしました。これにより、黒い霧事件の歴史に一つの区切りがつけられることとなりました。

オートレース界の八百長

オートレース界の八百長は、野球界よりも早く表面化しており、1969年には複数の選手が逮捕されました。捜査当局は、暴力団と結託した八百長行為の実態を把握し、多くの選手が処分を受けました。オートレース界でも、八百長行為の根絶に向けた取り組みが行われることとなりました。

この事件は、日本のプロスポーツ界における倫理観の重要性を再認識させ、今後のスポーツ界の健全な発展に大きな教訓を残しました。

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