1702年8月の海戦

1702年8月の海戦：勇気と裏切りが交錯したカリブ海の戦い

1702年8月、スペイン継承戦争の渦中、カリブ海で繰り広げられた海戦は、一人の提督の勇気と、それに反する僚艦の信じがたい行動によって彩られた、後世に語り継がれる戦いとなりました。イングランド海軍のジョン・ベンボウ中将率いる艦隊と、フランス海軍のジャン＝バティスト・デュカス提督率いる艦隊が激突したこの戦いは、単なる戦術的な勝敗を超え、人間の本質を浮き彫りにするドラマティックな展開を見せました。

戦いの背景：スペイン継承戦争とカリブ海の戦略的要衝

スペイン国王カルロス2世の死後、後継者争いをめぐって勃発したスペイン継承戦争。カリブ海は、スペイン領西インド諸島が存在し、ヨーロッパ列強にとって戦略的に重要な地域でした。ベンボウ提督は、フランスがスペイン領を奪取するのを防ぐべく、7隻の艦隊を率いて西インド諸島へ向かいました。一方、デュカス提督は、スペインのフェリペ5世を屈服させるため、小艦隊を率いてコロンビアのカルタヘナへ派遣されました。ここに、両艦隊の衝突は必然となります。

戦闘の経過：裏切りと孤立無援の戦い

1702年8月19日、コロンビアのサンタ・マルタ沿岸で、ベンボウ率いるイギリス艦隊はフランス艦隊と遭遇します。ベンボウは直ちに交戦を命じますが、ここで信じられない事態が発生します。デファイアンスとウィンザーが、交戦を避け、速度を上げるどころか後退を始めたのです。旗艦ブレダは、ファルマス、ウィンザーとともに交戦を開始しますが、デファイアンスとウィンザーは数回射撃を行っただけで戦線を離脱。ブレダは孤立無援のまま、フランス艦隊との戦いを強いられます。

その後もイギリス艦隊はフランス艦隊を追跡しますが、デファイアンスとウィンザーは、フランス艦隊に追いつくことすらできませんでした。22日には、ブレダがフランス軍に鹵獲されていたイギリス船アンを奪還するも、ルビーが損傷により戦線を離脱。24日、ついにベンボウ自身が右脚に重傷を負い、戦況はさらに悪化します。艦長のフォグは戦闘継続を命じますが、デファイアンスのカービー艦長は「フランス軍は非常に強力です。思いとどまるべきです」と進言。他の艦長も同様の意見であったため、ベンボウはついに交戦を断念し、ジャマイカへ帰還せざるを得ませんでした。

軍法会議：裏切り者への断罪

帰還後、ベンボウは軍法会議を開き、事態の真相究明に乗り出します。その結果、カービーら艦長たちが事前に共謀し、戦闘を放棄していたことが判明しました。カービーとグリニッジのウェイドは、臆病、命令不服従、職務放棄の罪で銃殺刑に処されます。ウィンザーのコンスタブルは禁錮刑、既に死亡していたペンデマスのハドソン、そして温情によりブレダのフォグとファルマスのヴィンセントは停職処分となりました。唯一ベンボウを支持したウォルトンは、軍法会議から除外されました。

戦いの後：英雄と裏切り者の物語

重傷を負ったベンボウは、1702年11月4日にその生涯を閉じます。しかし、彼の勇気は人々の記憶に深く刻まれました。一方、カービーの行動については、ベンボウとの不仲が原因ではないかという説も唱えられています。ベンボウのフランス艦隊への勇敢な追撃は、多くの人々の想像力を掻き立て、「ベンボウ提督」「勇敢なベンボウ」といった歌が作られ、100年以上にわたって水兵たちの間で歌い継がれました。この海戦は、勇気と裏切り、そして人間の複雑な感情が交錯する、歴史に残る出来事として語り継がれています。

戦闘序列

ベンボウ戦隊
ブレダ：70門
デファイアンス：64門
グリニッジ：54門
ルビー：48門
ペンデニス：48門
ウィンザー：48門
ファルマス：48門

デュ・カス戦隊
Le Heureux：68門
L'Agreable：50門
Le Phenix：60門
L'Apollon：50門
Le Prince de Frise：30門（フリゲート）
輸送船1隻
スループ4隻

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