1860年代の航空

1860年代は、人類が空への挑戦を続ける中で、特に気球技術の応用と、より高度な飛行機械への模索が活発化した時代として位置づけられます。この十年は、軍事、科学、技術開発、そして文化といった多方面で航空に関する重要な出来事が起こりました。

この時代の始まりである1861年には、フランスの技術者ガブリエル・ド・ラ・ランデルとギュスターヴ・ポントン・ダメクールが、未来の垂直離着陸機であるヘリコプターの可能性を探求しました。彼らは、動力源として蒸気機関を用いたヘリコプターの模型を試作し、その実現に向けた第一歩を踏み出しました。同じ年、アメリカでは南北戦争が勃発し、気球が戦場で重要な役割を果たすことになります。気球操縦士のタデウス・ローは、気球からの通信を成功させ、北軍気球司令部の責任者に任命されました。彼は気球を使った偵察活動で大きな成果を挙げ、ジョン・マウンテンのような民間の気球乗りも、軍用偵察のために気球を運用しました。

1862年になると、タデウス・ローはさらに革新的な試みを実施します。石炭運搬用のハシケを改造し、水素ガス発生装置を搭載した「ジョージ・ワシントン・パーク・カスティス」号から、偵察用の係留気球を運用したのです。これは船上から航空機（当時は気球）を運用するという、後の航空母艦の概念に通じるものとして航空史に名を残しています。また、同年にはイギリスの気象学者ジェームズ・グレーシャーとヘンリー・トレーシー・コックスウェルが気球による高高度飛行に挑み、高度8,000メートルを超える記録を達成しました。これは当時の科学研究における気球の重要性を示す出来事でした。

1863年は、文化面でも航空が注目を集めました。フランスの著名な作家ジュール・ベルヌが、空の旅を主題とした冒険小説『気球に乗って五週間』を出版し、多くの人々の想像力を刺激しました。技術開発の面では、ギュスターヴ・ポントン・ダメクールが蒸気機関を動力とする二重反転ローターを備えた模型ヘリコプター「愛しのプロペラ号」の実験を行いました。また、アメリカの発明家ソロモン・アンドリュースは、動力を持ちませんが気嚢の角度を操作してヨットのように風を受けて操縦する飛行船の初飛行に成功しました。一方、同年にはフランスの写真家ナダールが資金提供した大型気球「巨人号」（13人乗り）の飛行が計画されましたが、残念ながら成功には至りませんでした。

1864年、南米ではブラジルとパラグアイの間で戦争が勃発し、ブラジル軍が偵察などに軍用気球を使用したことが記録されています。

1865年には再びジュール・ベルヌが、気球やロケットが登場するSF小説『月世界旅行』を発表し、空を超えた宇宙への旅という壮大な夢を描きました。また、この頃フランスのフェルディナン伯爵が鳥の飛行に関する著作『鳥の飛行』を著し、鳥の滑空飛行が人間の飛行を考える上での出発点となりうると提唱しました。後の航空技術史に名を残すルイ・ピエール・ムイヤールは、1881年の著書『空の帝王』の中で、この頃自身が行ったグライダー実験が失敗に終わったことに触れています。

1866年は、航空研究の組織化という点で画期的な年となりました。「イギリス航空協会」（後の王立航空協会）が設立されたのです。これは現在まで続く、世界最古の航空に関する学会です。同年、ポーランドのヤン・ヴネンクが教会の塔からグライダー飛行を行ったという説も存在します。また、協会の設立と関連して、イギリスの技術者フランシス・ウェナムが有人飛行の可能性を探る先駆的な論文「空中移動」を発表し、後の固定翼機開発に影響を与えました。

1867年にパリで開催された万国博覧会では、アンリ・ジファールが直径約12メートル、容積5000立方メートルの巨大な水素気球を製作・展示し、来場者の注目を集めました。

1868年、ロンドンの水晶宮では航空博覧会が開催され、ジョン・ストリングフェローが1馬力の蒸気機関を動力とする三葉の模型飛行機の公開飛行を試みました。これは固定翼の動力模型による初の公開飛行として語られていますが、実際に離陸に成功したかについては資料によって記述が分かれています。成功していれば賞金を得たとされます。

1869年7月2日には、イギリス生まれの発明家フレデリック・マリオットが開発した、蒸気機関を搭載した無人の模型飛行船「ハームズ・アヴィター・ジュニア」が、アメリカ合衆国サンノゼで初飛行に成功しました。

1860年代は、このように気球の実用化が進む一方で、ヘリコプター、飛行船、そして動力付き固定翼機といった、その後の航空技術の基礎となる様々なアイデアが生まれ、実験が繰り返された十年でした。成功も失敗もありましたが、これらの挑戦が次の時代のさらなる発展へと繋がっていったのです。

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