1880年代の航空

1880年代は、人類が空を征服しようとする試みが理論から実践へと移行し、多様なアプローチが模索された航空史における重要な時代です。気球による飛行はすでに実用化されつつありましたが、より自由な操縦を可能にする飛行船や、後に主流となる固定翼機に関する研究開発が活発に進められました。この10年間は、失敗と成功を繰り返しながら、未来の航空技術に向けた貴重な知見が蓄積されていきました。

時代の始まりである1880年には、ドイツでフリードリッヒ・ヘルマン・ヴェルファートとゲオルク・バウムガルテンが共同開発した飛行船の試験が行われましたが、残念ながら墜落という結果に終わりました。一方、イギリス陸軍は実用的な試みとして、アーデルショットでの軍事演習において初めて気球を観測などに使用し、その有用性を示しました。

翌1881年、フランスのルイ・ピエール・ムイヤールは、後に航空技術の基本となる固定翼を持つ滑空機について理論的に考察した著書『空の帝王』を出版しました。これは、単なる気球や飛行船ではない、重航空機への探求を示す重要な著作となります。同年4月には、ロシアの革命家ニコライ・キバリチチが、爆発を連続的に利用して推力を生み出すという先進的な飛行構想を記したメモを残していましたが、この内容は長らく埋もれ、一般に知られるのは1918年になってからでした。

航空研究への関心の高まりは組織化の動きにもつながり、1881年9月8日にはドイツ航空振興協会が設立されました。この協会は翌1882年には航空専門誌「Zeitschrift fur Luftschiffahrt」を刊行し、情報の交換と普及に貢献しました。

具体的な飛行実験も進展しました。1883年8月28日、アメリカ合衆国のジョン・ジョセフ・モンゴメリーがカリフォルニア州サンディエゴで自作のグライダーによる滑空飛行に成功しました。これはアメリカにおける記録上最初のグライダー飛行とされています。さらに同年10月8日、フランスのガストン・ティサンディエは、飛行船に電気モーターとプロペラを搭載して飛行させました。これは史上初の電気動力による制御飛行であり、後の電動飛行船開発の先駆けとなりました。

1884年には、電気動力飛行船の技術がさらに発展しました。8月9日、フランスのシャルル・ルナールとアルチュール・クレブスが開発した飛行船「フランス号」は、電池を動力源とする電動機によってプロペラを駆動させ、約8kmの周回飛行に成功しました。これは、飛行船が風任せではなく、動力によって自律的に操縦・帰還できる可能性を示した画期的な出来事でした。一方、ロシアのアレクサンドル・モジャイスキーは、7月20日に蒸気機関を搭載した大型の固定翼機の実験を行いましたが、滑走台からの発進後に短距離を「ジャンプ」したものの、安定した飛行には至らず大破したため、一般には動力飛行の成功とは認められていません。

気球による飛行も新たな記録を生み出しました。1886年9月12日から13日にかけて、フランスのアンリ・エルヴェとガストン・アリュアールは熱気球で24時間以上飛行し、当時の長時間滞空記録を更新しました。

1888年8月10日には、改良されたヴェルファートの飛行船が、ゴットリープ・ダイムラーが開発した軽量な「Standuhrエンジン」を搭載し、カンシュタットからの往復約10kmの飛行に成功しました。これはガソリンエンジンの航空機への応用の可能性を示唆する出来事でした。

この時代末期の1889年には、気球からの脱出手段として、イギリスのパーシヴァル・スペンサーがアイルランドで気球からのパラシュート降下に成功しています。また、ドイツのオットー・リリエンタールは、鳥の飛翔原理を科学的に分析した著書『飛行技術の基礎としての鳥の飛翔』を出版しました。この著作は、彼自身が後に取り組む実用的なグライダー開発に大きな影響を与え、後の人々にも鳥の飛翔から学ぶことの重要性を示しました。

1880年代は、単なる浮揚や短時間の滑空から一歩進み、動力飛行、操縦、そして航空に関する科学的・工学的アプローチが本格化し始めた時代と言えます。この時期に積み重ねられた実験と理論は、次の1890年代以降のさらなる航空技術発展のための確かな土台となりました。

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