オットー・リリエンタール

オットー・リリエンタール：空への挑戦者

オットー・リリエンタール（Otto Lilienthal、1848年5月23日 - 1896年8月10日）は、ドイツの航空工学の黎明期を支えた重要な人物です。彼は、鳥の飛行を詳細に研究し、その知識を基にグライダーを製作、数多くの飛行実験を行いました。リリエンタールの実験は、航空機の開発における重要な一歩となり、ライト兄弟を含む後世の航空技術者たちに大きな影響を与えました。

生い立ちと初期の研究

リリエンタールは、プロイセン王国ポメラニア地方のアンクラムで、ユダヤ系の中流家庭に生まれました。幼少期から弟のグスタフと共に鳥の飛行に魅了され、有人飛行への夢を抱いていました。彼らは初期には飛行翼を自作しましたが、飛行には失敗。その後、ポツダムの工業学校で学び、設計技師としての基礎を築きました。その後、ベルリンの王立技術アカデミーに進むことを希望しましたが、父親の反対にあいました。

1867年、リリエンタールは初期の空気力学の実験を開始しましたが、普仏戦争への従軍で中断を余儀なくされます。戦後、技術系の会社でエンジニアとして働き、採掘機の特許を取得。その後、ヴェーバー社に勤務中に空気力学の実験を本格化させます。1878年にはアグネス・フィッシャーと結婚し、1889年には『飛行技術の基礎としての鳥の飛翔』を出版。この著書は、彼の研究成果をまとめた重要な文献です。

飛行実験への挑戦

リリエンタールの最大の功績は、空気より重い機体での飛行を成功させたことです。彼は回転アームや自然風を利用して翼型の実験を行い、キャンバー翼が平板翼よりも高性能であることを発見しました。ベルリン近郊に自作の丘を築き、そこからグライダーでの飛行実験を繰り返しました。特にリノウ近郊の丘での実験は頻繁に行われました。

1891年から、リリエンタールは自ら設計したグライダーで2,000回以上の飛行実験を行いました。初期の飛行距離は約25mでしたが、1893年には250mの飛行を達成しています。これは、当時としては驚異的な記録でした。彼はまた、鳥の飛行を詳細に観察し、その結果を揚抗曲線としてまとめ、翼の空力特性を解明しました。これらの実験データは、後の航空機開発の基礎となりました。

リリエンタールは、ハンググライダーの操縦方法も考案し、パイロットが棒を握って機体を操縦する方法を特許取得。この操縦フレームは、現代のハンググライダーにも応用されています。

様々な機体の開発

リリエンタールは、約6年間という短い期間に、単葉機、オーニソプター、複葉機など、様々なタイプの機体を開発しました。彼は機体の安定性を重視し、重量配分に注意を払いました。現代のハンググライダーのように、操縦者が重心を移動させて機体を操縦するというアイデアも、彼が先駆的に採用したものです。しかし、当時の技術では重心移動による操縦は難しく、失速を招くこともありました。その原因の一つに、肩を翼に固定していたため、重心移動が不十分であったことが挙げられます。

リリエンタールは、安定性を確保するために、翼幅を半分にした複葉機や、着陸時に尾翼を上げることで着陸しやすくする工夫など、様々な試みを行いました。また、鳥のように羽ばたくオーニソプターの開発にも挑戦しましたが、これは実現しませんでした。

発明家としての側面

リリエンタールは、飛行機開発だけでなく、発明家としても才能を発揮しました。彼は、煙管ボイラー用の小型蒸気機関を考案し、その安全性の高さから当時の小型蒸気機関の中でも高く評価されました。この発明で得た利益は、彼の飛行実験の資金源となりました。

リリエンタールは、生涯で25の特許を取得しています。弟グスタフがオーストラリアから帰国してからは、共に空気力学や飛行の研究に励みました。

飛行実験の場所

リリエンタールは、最初にベルリン近郊のシュテーグリッツにある「Maihöhe」という丘で飛行訓練を行いました。丘の頂上に4mの小屋を建て、10mの高さから飛び降りるようにしました。1884年には、自宅近くのリヒターフェルデに「Fliegeberg」（飛行山）という円錐形の丘を築きました。この丘は、どの方向から風が吹いていても飛行実験ができるように工夫されていました。飛行実験には、常に多くの見物客が集まりました。

1932年には、建築家によって「Fliegeberg」がリリエンタールの記念碑として再設計され、頂上には小さな寺院風の建築物が建てられました。その中央には、リリエンタールの飛行の様子を記した銀色の地球儀が置かれています。

世界的な名声

リリエンタールの飛行実験は、世界中で報道され、その写真が様々な出版物に掲載されました。初期の写真家であるオットマール・アンシュッツや、アメリカの物理学者ロバート・ウィリアム・ウッドも、リリエンタールの飛行実験を撮影しました。

リリエンタールは、航空振興協会の会員であり、実験の詳細は同協会の会誌に定期的に掲載されました。これらの記事は、アメリカ、フランス、ロシアなどにも翻訳され、世界中で読まれました。サミュエル・ラングレー、ニコライ・ジュコーフスキー、パーシー・ピルチャー、ヴィルヘルム・クレスなど、世界中の航空パイオニアが彼を訪ねました。ジュコーフスキーは、リリエンタールの飛行機械を航空分野で最も重要な発明だと評しました。

最期の飛行

1896年8月9日、リリエンタールはリノウの丘でいつものように飛行実験を行いました。4回目の飛行中に機体が失速し、約15mの高さから墜落しました。彼は頸椎を損傷し、意識不明のまま病院に運ばれましたが、翌日に亡くなりました。最期の言葉は「犠牲は払われなければならない」だったとされています。

後世への影響

リリエンタールの死は、航空界に大きな衝撃を与えましたが、彼の業績は後世の航空技術者たちに多大な影響を与えました。ベルリン・テーゲル空港は、オットー・リリエンタール空港とも呼ばれています。

特にライト兄弟は、リリエンタールの研究資料である『航空技術の基礎としての鳥の飛行』から大きな影響を受けました。彼らは、リリエンタールの翼型データを利用してグライダーを製作しましたが、最初は計算通りの揚力が得られませんでした。しかし、最終的には自ら風洞実験を行い、正しいスミートン係数を得て、航空機開発に成功しました。

1909年には、オーヴィル・ライトがドイツを訪れ、リリエンタールの未亡人を招待し、彼の業績に敬意を表しました。

リリエンタールは、動力飛行にも挑戦していましたが、彼が開発していたのは固定翼機ではなくオーニソプターでした。彼の死によって、動力飛行の実現はライト兄弟に受け継がれることとなりました。

リリエンタールの遺志は、彼の弟グスタフにも受け継がれ、グスタフはオーニソプターの研究を続けましたが、大きな成果を上げることはできませんでした。彼の功績を称え、国際航空連盟は、滑空機での顕著な功績を称え、1938年以降、リリエンタールメダルを授与しています。

まとめ

オットー・リリエンタールは、航空工学の黎明期に、その情熱とたゆまぬ努力によって、航空機開発に大きな貢献を果たしました。彼の残した業績と、空への挑戦を続ける姿勢は、今もなお多くの人々に感動と勇気を与え続けています。

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