1912年の航空

1912年は、世界の航空分野において急速な進歩と挑戦が繰り広げられた一年でした。技術革新と冒険心が融合し、飛行が単なる可能性から現実のものへと確実に変わりつつあった時代です。

この年、イギリスでは航空機製造を担う重要な企業が相次いで誕生しました。スーパーマリン社が設立され、続く6月にはソッピース社も操業を開始しました。アメリカでは、後の航空産業を牽引するグレン・マーチン氏が自身の会社を立ち上げています。また、日本国内でも航空活動の動きが見られ、奈良原三次氏が千葉の稲毛海岸に日本初の民間飛行場を開設し、国内の航空黎明期を支える基盤が作られました。軍事面では、イギリス陸軍航空隊の中央飛行学校が創設され、飛行技術の訓練と普及が進められました。

航空技術の応用範囲も拡大しました。アメリカのアルバート・ベリー氏は、飛行中の飛行機からパラシュート降下するという画期的な試みを成功させ、脱出技術の可能性を示しました。海上での運用能力も向上し、イギリス海軍のチャールズ・サムソン大尉は、航行中の戦艦「ハイバーニア」から飛行機で飛び立つことに成功し、海軍航空の新たな道を開きました。さらに、フランス海軍の世界初となる水上機母艦「フードル」が、水上飛行機を搭載して運用を開始。海上からの航空作戦が現実味を帯びてきました。技術革新の過程では、時に危険な試みも行われました。オーストリア出身のフランツ・ライヒェルト氏は、自作のウイングスーツのような外套でエッフェル塔からの降下を試みましたが、残念ながら命を落とす結果となりました。

この年は、長距離飛行や海上横断といった偉業が達成されました。フランスのモーリス・プレヴォ氏は、乗客を乗せてパリとロンドン間を初めて飛行し、旅客輸送の可能性を示しました。また、アメリカのハリエット・クインビー氏は、女性パイロットとして初めてドーバー海峡を横断するという歴史的な快挙を成し遂げました。続く4月には、イギリスのデニス・ウィルソン氏がアイリッシュ海の完全横断に成功し、海上を越える飛行の技術と信頼性が確認されました。

ノルウェーでは、ハンス・ドンス氏が自作機で国内初の飛行を記録しました。日本においても、女性パイロットとして南地よね氏がロサンゼルスで飛行訓練を受け、日本人女性としての初飛行を達成しました。国内では、河野三吉大尉が日本海軍機による日本国内初の飛行を行い、金子養三氏もこれに続いて飛行に成功。両名が観艦式で飛行を披露するなど、日本の海軍航空がその一歩を踏み出した年となりました。

進歩の陰で、航空活動に伴う危険性も浮き彫りになりました。イギリス陸軍航空隊では、ユースタス・ロレーン氏とその観測士が初の航空事故による殉職者となりました。日本人パイロットの近藤元久氏もロサンゼルス近郊での事故により命を落とし、航空機事故で死亡した初の日本人となりました。これらの事故は、当時の航空技術や運用における安全性の課題を浮き彫りにしました。

軍用機の開発促進を目指し、イギリスでは軍用機コンテストが開催されました。この競技会では、サミュエル・フランクリン・コーディ氏の設計した機体が優勝し、技術力の高さを証明しました。また、バルカン戦争においては、ブルガリア軍パイロットが航空機を用いた爆撃を行ったとされており、航空機の軍事における潜在能力が現実のものとなりつつあることを示しました。

ハンガリー（オーストリア・ハンガリー帝国の一部）では、リリー・シュタインシュナイダー氏が女性としてパイロット免許を取得し、飛行士の活動が性別を超えて広がりを見せました。

年間を振り返ると、1912年は航空技術の発展、新たな記録への挑戦、そして活動の国際的な広がりという点で非常に重要な一年でした。同時に、安全性や倫理的な問題（軍事利用など）も表面化し始め、その後の航空史に大きな影響を与える出来事が数多く発生しました。

この年の功績を称える賞として、フランス飛行クラブ大賞はローラン・ギャロス氏に、イギリス飛行クラブ金賞はサミュエル・フランクリン・コーディ氏に授与されました。

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