2つのヴァイオリンのための協奏曲 (バッハ)

2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043

ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した『2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043』は、彼が手がけた数少ないヴァイオリン協奏曲の中でも特に知られた傑作です。二人の独奏ヴァイオリンを主役に据え、これにオーケストラが加わる形式で書かれています。

作曲背景と年代

本作の正確な作曲年代については長い間議論されてきましたが、現在ではバッハがライプツィヒでコレギウム・ムジクムの音楽監督を務めていた時期、およそ1730年から1731年にかけて作曲されたという見方が有力です。かつてはケーテン時代の作品とする説や、ケーテン時代のものをライプツィヒで改作したとする説もありましたが、近年はその根拠が薄いとされるようになっています。

作品の特徴と評価

この協奏曲の最大の魅力は、何といっても精緻な対位法が駆使されている点にあります。二つの独奏ヴァイオリンと合奏部がそれぞれ独立した旋律線を持ちながらも、互いに緊密に絡み合い、まるで複雑な音の織物を紡ぎ出すかのような豊かな響きを生み出します。バロック期のヴァイオリン音楽における金字塔として、世界的に高い評価を受けており、その厳格な形式美とニ短調特有の引き締まった雰囲気から、多くの演奏家によって頻繁に取り上げられています。日本でも、ヴァイオリン指導者である鈴木鎮一氏の教程で紹介されるなど、教育の場でも広く親しまれています。

後にバッハ自身の手により、この作品は『2台のチェンバロのための協奏曲第3番ハ短調 BWV1062』として編曲され、異なる楽器編成でもその魅力を放っています。

楽器編成

この協奏曲は、以下の楽器編成で演奏されます。

独奏ヴァイオリン：2本
合奏部：ヴァイオリン（第1、第2）、ヴィオラ、通奏低音

通奏低音は、チェロ、コントラバス、チェンバロなどで構成されます。

楽曲構成

全3楽章で構成されており、全体の演奏時間は約15分です。急-緩-急というバロック協奏曲の典型的な楽章配置をとっており、二人の独奏ヴァイオリンはほぼ対等な役割を与えられています。

第1楽章：ヴィヴァーチェ (Vivace)
快活なテンポの楽章です。冒頭はフガート（フーガ風の開始）で始まり、3.5小節の短い主題が複数のパートで次々と現れます。独奏ヴァイオリンの登場後も、合奏部によるリトルネロ（繰り返される主要主題）の代わりに、このフーガ主題が形を変えて回帰します。楽章を通して、この冒頭主題の動機が効果的に用いられ、統一感が生まれています。独奏ヴァイオリンは同度での緊密な模倣から始まり、次第に音程を広げながら絡み合っていきます。

第2楽章：ラルゴ・マ・ノン・タント (Largo ma non tanto)
「あまり速すぎない、ゆったりと」という意味の、ヘ長調（ニ短調の平行調）による緩徐楽章です。8分の12拍子という穏やかなリズムで進みます。ここでは、まるでトリオ・ソナタのような書法が見られ、通奏低音が特徴的なリズムを刻む上で、二人の独奏ヴァイオリンが互いの旋律を模倣し合います。合奏部は、主に和声的な伴奏に徹し、高貴で落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

* 第3楽章：アレグロ (Allegro)
ニ短調に戻り、速いテンポで書かれた終楽章です。4分の3拍子。リトルネロ主題は、厳密ではありませんが、一つの旋律を少し遅れて別のパートが追いかけるカノン風の書法が用いられています。独奏ヴァイオリンは第1楽章と同様に同度での模倣から入りますが、増音程や減音程が強調された印象的な動機が登場し、楽章に独特の緊張感を与えています。合奏部も独自の動きを見せ、独奏パートとの緊迫した掛け合いが展開され、力強く楽章を締めくくります。

演奏と録音

この協奏曲を録音する際、二人の独奏ヴァイオリン奏者をどのように選ぶか、そしてそのアンサンブルのバランスをどう取るかが重要な課題となります。オーケストラのコンサートマスターなど実力ある奏者二人が務める場合も多いですが、世界的に有名なソリスト二人を起用した場合、個性のぶつかり合いからバランスを取るのが難しいことがあります。そのため、一人の著名なソリストが、信頼できる共演者や自身の門下生などと共に録音に臨むケースもしばしば見られます。過去には、ヤッシャ・ハイフェッツが初めて多重録音を用いて話題を呼んだほか、ギドン・クレーメルも同様の手法で録音するなど、様々な録音アプローチが試みられています。

バッハの対位法と二つのヴァイオリンが見事に融合したこの協奏曲は、今なお世界中で愛され続けています。

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