AMS (音響機器メーカー)

AMS (Advanced Music Systems)

AMS、すなわちAdvanced Music Systems社は、1976年にマーク・クラブトゥリー氏とスチュアート・ネヴィソン氏によって、イングランド北西部のランカシャーで設立されました。同社は当初、プロのレコーディング・スタジオ向けに特化した、高性能なデジタル・オーディオ・プロセッシング・システムの設計と製造を主要な事業としていました。その革新的な技術は、当時の音楽制作環境に大きな変化をもたらすことになります。

1992年には、ドイツのシーメンス・グループ傘下で、著名なオーディオ機器メーカーであるNeve Electronics社と合併し、現在に至るAMS Neve社が誕生しました。

沿革と技術革新

Advanced Music Systemsは、レコーディング・スタジオのニーズに応えるため、デジタル・プロセッシング回路の設計に注力し、これらを応用した画期的なエフェクターを次々と生み出しました。

初期の代表的な製品としては、テープ・フェイジング効果を電子的に再現した「DM-20 Tape Phase Simulator」があり、ポール・マッカートニーやELO、10ccといった著名なアーティストによって使用されました。また、1970年代末期から世界中のスタジオに広く普及したデジタル・リバーブレーター「rmx-16」や、デジタル・ディレイとピッチ・シフト機能を組み合わせた「dmx-15 '80s」などが挙げられます。

特にデジタル・ディレイ回路の分野では、従来の機器と比較して格段に長いディレイ・タイム設定を可能にし、音質も飛躍的に向上させました。これにより、スタジオでのディレイ・エフェクトの活用範囲が大きく広がりました。ピッチ・シフト技術においても、より安定した効果を提供し、さらにオーディオ・サンプリング機能も搭載していたため、多様な用途で利用される画期的な製品となりました。

デジタル・リバーブレーターの開発においても、AMSは先進的な技術を導入しました。自然界の残響成分をDSP（デジタル信号処理プロセッサー）によって高精度にシミュレートするだけでなく、従来巨大だった演算処理装置を小型化することに成功しました。さらに、現実には存在しないような独創的なリバーブ効果を作り出す機能も備えており、音響空間の創造に新たな可能性をもたらしました。

主な製品

DM-20 (Tape Phase Simulator)

この機種は、テープ・レコーダーを用いたクラシックなテープ・フェイジング・サウンドを、電子回路によって忠実に再現することを目的として開発されました。テープ・フェイジングとは、時間軸と音程が連続的にわずかに変動することで生まれる、揺らぎのある独特な効果です。

この技術の源流は、1966年にビートルズがアルバム『リボルバー』のレコーディングで行った、複数のテープ・レコーダーの同期運転（ADT: Artificial Double Tracking）から生まれた副産物であるテープ・フランジングやテープ・フェイジング効果にあります。DM-20は、これらの効果を電子的に実現したもので、1978年にリリースされたウイングスのアルバム『ロンドン・タウン』などでそのサウンドを聴くことができます。

rmx-16 (Digital Reverbrator)

19インチラックに収まる2Uサイズのこの機種は、DSPを利用した初期のデジタル・リバーブレーターの代表格です。内蔵されたプリセット・プログラムには、「HALL」「PLATE」「ROOM」「AMBIENCE」「NON-LIN 2」「REVERSE」といった多様なタイプがあり、プリ・ディレイ、リバーブ・タイム、高域・低域フィルターなどのパラメーターを調整可能でした。シンプルな操作性ながらも、質の高いリバーブ効果が得られたため、レコーディング現場で非常に重宝されました。1970年代末から世界中のスタジオに導入され、デジタル・リバーブの普及に大きく貢献した人気機種です。

この機種は数多くの名盤で使用されています。例えば、プロデューサー/エンジニアのヒュー・パジャム氏が手掛けたフィル・コリンズのアルバム『No Jacket Required』や『...But Seriously』、XTCの『Black Sea』や『English Settlement』、ピーター・ガブリエルの『Peter Gabriel III』、デヴィッド・ボウイの『Tonight』などでの特徴的なドラムサウンドに貢献しています。特に1980年代半ばの12インチ・リミックス盤などで多用された「AMBIENCE」や「NON-LIN 2」プログラムによるブリティッシュ系の派手なドラムサウンドは、この機種の象徴とも言えます。

dmx-15 '80s (Digital Delay w/Pitch Shift)

これもまた19インチ2Uラック・サイズの機器で、デジタル回路のメモリー機能を活用したデジタル・ディレイおよびピッチ・シフターです。さらに、そのメモリー機能をオーディオ・サンプリングにも応用できる多機能機でした。

レコーディングにおけるディレイ効果は、1950年代からテープ・レコーダーのヘッド間隔とテープ速度を利用したテープ・ディレイが主流でした。しかし、テープ・ディレイは長いディレイ・タイムを設定するとテープ速度が極端に遅くなり、音質が劣化するという弱点がありました。dmx-15 '80sは、この問題を解決するため、ディレイ効果をデジタル・メモリーに記録することで、ロング・ディレイでも音質の劣化を抑えることに成功しました。

また、メモリー機能を応用したオーディオ・サンプリング機能も大きな特徴でした。メモリー終了スイッチや、オーディオ入力信号をトリガーとしてサンプリング音を再生する手法が活用され、rmx-16と同様に1980年代中頃のリミックス制作などで、様々なフレーズ・サンプリングに広く用いられました。

ピッチ・シフト機能はディレイまたはサンプリング再生と組み合わせて使用でき、音程はオクターブ下からオクターブ上まで可変可能でした。これらの機能の組み合わせにより、dmx-15 '80s独自のサウンドを生み出すことができました。例えば、イエスのギタリストとしても知られるトレヴァー・ラビン氏のギターサウンドにこの機種が使われています。イエスのアルバム『90125』や彼のソロ・アルバムでのギター・ソロにおける、複数のハーモニクスが同時に鳴っているような特徴的なエフェクト効果は、dmx-15 '80sによるものです。

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