Be-12 (航空機)

ベリエフ Be-12 チャイカ

ベリエフ設計局（G・M・ベリーエフ記念タガンローク航空科学技術複合体、TANTKベリーエフ）によって開発された、ソビエト連邦製の双発水陸両用飛行艇です。その愛称「チャイカ」（Чайка）はロシア語で「カモメ」を意味し、機体の特徴であるガル型翼（翼が鳥の翼のように「へ」の字形に折れ曲がった形状）に由来します。北大西洋条約機構（NATO）からは、「メイル」（Mail、鎖帷子の意）というコードネームが与えられました。本機の成功は開発責任者ゲオールギイ・ミハーイロヴィチ・ベリーエフにソ連国家賞をもたらしました。

開発の背景と経緯

Be-12は、陸上機のIl-38と共に、ベリエフ設計局がそれまで運用していた大型哨戒飛行艇Be-6の後継機として計画されました。1960年に初飛行を行っています。同時期、同設計局では先進的なジェット飛行艇Be-10の開発も進められていました。Be-10が後退翼にジェットエンジンを組み込む革新的な設計だったのに対し、Be-12はより伝統的で手堅い設計が採用されています。

1950年代はまだ飛行艇技術が発展途上にあり、様々な試行錯誤が繰り返された時代です。そのため、技術的な不確実性が高かった初のジェット飛行艇Be-10と並行して、実績のあるBe-6の設計思想を引き継いだBe-12を開発することは、手間がかかる一方で、海軍の要求を確実に満たすための保険としての意味合いを持っていました。結果として、当時のソ連で最大級の出力を誇ったものの未熟だったAL-7エンジンを搭載したBe-10は、期待通りの性能を発揮できず、量産には至りませんでした。

一方、設計局のリソースがBe-10に集中した影響で、Be-12の開発は遅れが生じました。最初の模型が公開されたのは1957年11月になってからです。機体設計も難航し、試作初号機が完成したのは1960年6月30日、初飛行は同年10月18日でした。試験飛行はその後も長期にわたり継続されました。大型飛行艇の開発は、陸上機とは異なる離着水に関する課題など、特有の困難が伴います。また、Be-12には新しい哨戒システムへの対応が求められ、これに伴う新型電子機器の開発も並行して進められました。

機体構造と哨戒システム

Be-12はBe-6から特徴的なガル型翼を受け継ぎました。これは、プロペラを波や水しぶきから遠ざけ、離着水時の安全性を高めるために有効な手段と考えられました。尾翼は、機体の安定性向上のため、双垂直尾翼が採用されています。エンジンには、従来のレシプロエンジンに代わり、新型のイーフチェンコ＝プログレース製AI-20Dターボプロップエンジン（出力各5180馬力）が搭載されました。

1962年9月に完成した試作2号機は、初号機から設計が大幅に変更されていました。この2号機をベースに試験が続けられ、量産型Be-12が完成しました。

量産型Be-12には、PPS-12自動捜索・追跡システムが搭載されました。このシステムには、無線ロケーターのイニツィアチーヴァ-2B（I-2B）、水中音響ブイ信号を受信するSPARU-55航空ラジオ受信装置、ANP-1V-1自動ナヴィゲーション装置、追跡コンピューターのスィレーニ-2M、オートパイロット装置AP-6Yeなどが含まれていました。

運用と配備

Be-12の部隊配備は1965年春から開始されました。まず、試験が行われたタガンロークに stationed されていたBe-6装備の飛行隊に配属され、乗員の習熟期間を経て実任務に投入されました。その後、黒海艦隊をはじめとする多くの航空隊へ配備が進み、最終的にそれまで運用されていたBe-6をすべて更新しました。

Be-12の改良は継続され、最新の哨戒システムを搭載していたため、原則としてソ連国外への輸出は行われませんでした。これは、機密性の高い防空システムを守るために、国土防空軍の迎撃戦闘機が輸出されなかったのと同様の理由です。例外的に、ソ連が直接支援を行ったエジプトとベトナムには少数が供与され、運用されました。

Be-12は、初期にはIl-38、Be-6、Ka-25などと共に、後にはIl-38、Tu-142、Ka-27PLなどと共に、ソ連沿岸の広大な海域で哨戒任務に就きました。ソ連崩壊後も、独立したロシアとウクライナで多数のBe-12が引き続き運用されました。予算不足により後継機の配備が遅れていることもあり、機体の経年にも関わらず運用が続けられています。ウクライナ海軍航空隊では、2007年の大規模演習「アルテーリヤ2007」に対潜攻撃機として参加した機体もあります。また、モルドヴァ空軍も保有していたとされますが、実際に運用はされなかったようです。中華人民共和国で開発された水轟五型(SH-5)飛行艇は、Be-12や日本のPS-1を参考にしているとされています。

派生型

捜索救難型 (Be-12PS / Be-12PR)

Be-12PSは、Be-12から派生した捜索救難機です。「PS」はロシア語で「捜索救難機」の略です。退役が進みつつあったBe-6の一部が捜索救難任務に転用されていましたが、後継機の開発が急務でした。しかし、捜索救難専用機の新規開発（Be-14など）には多大な費用と時間が必要でした。このため、既存のBe-12をベースに、対潜装備を撤去して機内を改装し、医療設備や治療室を設けた捜索救難型が開発されました。乗組員には医療専門家も加わりました。着水後の救助活動には、空気で膨らませるモーター付き救助ボートLAS-5Sが用いられ、空中からの救助には機体右舷のハッチを利用した引き上げ装置が設けられました。通常15名、最大29名まで収容可能です。空中からの救助用として、非常用コンテナKAS-90を最大7つ搭載できました。Be-12PSは1969年に試験を通過し、1971年から少数が生産され、一部は工場部隊に配備されました。1972年には悪天候下での海上救助試験が行われ、着水に関する安全性評価や装備の改善が進められました。内海での夜間着水も可能とされましたが、改善点が指摘され、メートル波波高計やX線高度計などが追加装備されました。1973年までに計10機が製造されました。

ソ連崩壊後、Be-12PSはロシアで継続運用されたほか、ウクライナにも引き継がれ、海軍航空隊で運用されています。ウクライナでは「Пошуково-рятувальний літак」（捜索救難機）の頭文字からBe-12PRと呼ばれます。ウクライナでは、救難ボートや降下救助員の空中投下試験が行われ、救難能力の拡大が図られました。老朽化は進んでいますが、2000年代後半以降も近代化や整備により運用が継続されています。

消防型 (Be-12P / Be-12P-200)

Be-12PおよびBe-12P-200は、Be-12の消防機型です。「P」はロシア語で「対火災機」の略です。ソ連崩壊後、TANTKベリーエフは国際市場開拓を目指し、需要の高い消防用航空機の開発に注力しました。より近代的なA-40MやBe-200と並行して、実績のあるBe-12を改修した消防型も開発されました。

最初の派生型Be-12Pは、基本型Be-12の装備を撤去し、機首内と特設タンクに合計6000リットルの消火用水タンクを設置しました。消火用水には海水も使用可能で、時速120kmで飛行しながら水面を滑走して約50秒で満水にする方法が採用されました。海水収集地点から火災現場までの距離は100km以内に限定されました。Be-12Pは1992年に初飛行し、4機が生産されました。

次の派生型Be-12P-200は、Be-200開発のための試験機としても使用されました。Be-12Pから改修された機体で、1996年8月9日に初飛行しました。収水能力が向上し、4.5トンから6トンの水を15秒から20秒で取り込むことが可能でした。制限波高は0.8mです。海面の他、湖や河川からも収水可能です。1回の飛行で森林火災に対し140トンもの水を投下する能力を持ちました。国際運用に適合した航法装置の装備も可能でした。

TANTKベリーエフは消防分野での世界的な地位確立を目指しており、カナダのボンバルディアCLシリーズに対抗するべく、Be-12P/P-200やBe-200といった高性能機をアピールしています。

その他の派生型

Be-12EKO: 生態偵察型（計画のみ）
Be-12I: 科学的研究型（計画のみ）
Be-12LL: P-270シーカーテスト用。機首レーダーを換装（1機製造）
Be-12SK: 対潜哨戒型。最も重要な変更点は核爆弾5F-48「スカーリプ」の運用能力追加（12発製造）
Be-14: 捜索救難型。1機製造されたが量産に至らず。
Be-12N: 対潜哨戒型。新型MAD、ナルツィース-12捜索・追跡システム搭載（27機改修）
Be-12Nkh: 旅客型。軍事装備撤去、窓追加（2機改修）
M-12: 記録挑戦用軽量化機。後に原型復帰。

主要運用国

ソビエト連邦: ソビエト海軍で141機運用。崩壊後、ロシアとウクライナに引き継がれました。
ロシア: ロシア海軍で運用を継続。2018年時点で約6機が運用され、近代化計画も進行中です。
ウクライナ: ウクライナ海軍航空隊で運用を継続。2012年時点で3機が現役、4機が保管。一部は近代化されています。
エジプト: 1970年代に数機がソ連軍人によって運用されました。
ベトナム: 1981年に4機が輸出されました。
アゼルバイジャン: 数機が運用された後、退役しています。

スペック (Be-12 基本型)

初飛行: 1960年
全幅: 29.84 m
全長: 30.11 m
全高: 7.94 m
翼面積: 99.00 m²
空虚重量: 24,000 kg
最大離陸・離水重量: 36,000 kg
エンジン: プログレース製 AI-20D ターボプロップエンジン ×2
出力: 各 5180 ehp
最高速度: 530 km/h
巡航速度: 450 km/h
実用航続距離: 3,300 km
任務行動半径: 500 km
実用飛行上限高度: 8,000 m
乗員: 4 名
武装: 23mm機関砲 ×2 (固定武装)、機内外に最大3000 kgの搭載量（魚雷、爆雷、照明弾など）

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