H-4 (航空機)

ヒューズ H-4 ハーキュリーズ：伝説の巨大飛行艇

ヒューズ H-4 ハーキュリーズ、通称「スプルース・グース」は、その巨大さと特異な経緯で知られる飛行艇です。第二次世界大戦中の物資輸送を目的として計画されましたが、実際に飛行したのはたった一度きりでした。その開発から現在に至るまでの歴史を紐解きます。

開発の背景

第二次世界大戦中、大西洋ではドイツのUボートによる連合国側の輸送船への攻撃が激化していました。この状況を打開するため、造船業でリバティ船の開発に成功していたヘンリー・J・カイザーは、輸送船の代わりに航空機による物資輸送を提案しました。当時、大西洋を横断できる戦闘機は存在せず、長距離を飛行できる大型輸送機が必要でした。そこで、滑走路が不要な飛行艇が選ばれ、カイザーは巨大な飛行艇の大量生産を計画しました。

1942年、カイザーは総重量200トンの超大型飛行艇の構想を打ち出しました。しかし、軍部や航空関係者はこの提案に懐疑的でした。当時は戦闘機や爆撃機の増産が最優先であり、大型飛行艇の開発に人員を割く余裕はなかったからです。それでも、リバティ船の大量生産を成功させたカイザーへの国民の期待は大きく、政府もこの計画を支援せざるを得なくなりました。

ハワード・ヒューズとの契約

カイザーは航空機メーカーに開発を依頼しましたが、戦時下でどこも余裕がなく断られました。そんな中、ハワード・ヒューズ率いるヒューズ航空機が、自社の双発爆撃機D-2の製造に目処が立っていたことから、この巨大飛行艇の開発を引き受けることになりました。ヒューズは当初、この計画に否定的でしたが、D-2が陸軍に採用されるかどうかが不確実だったため、業務を維持するために、また、ヒューズの「世間を驚かせたい」という性格から、このプロジェクトに参加することになったのです。

1942年8月、カイザーとヒューズは共同で開発を進める契約を締結し、同年11月16日に正式契約となりました。この時の計画では、兵士750名、またはM4中戦車2台を搭載可能で、巡航速度330km/hで飛行できるとされていました。しかし、契約の相手は軍ではなく、戦時生産局の下部組織である国防工場公社でした。軍が直接関わるのを避けた結果です。この飛行艇はヒューズとカイザーの頭文字を取り「HK-1」と命名されました。

開発の遅延と困難

HK-1の開発は、当初から困難を極めました。まず、機体の構造に金属を使用することが禁止され、木製で製造することになったのです。これは当時、アルミニウム合金の不足が深刻だったためです。しかし、木製の大型機に関する技術を持つエンジニアは少なく、設計データも不足していました。また、当時の木製構造に関する参考書には「総重量7.3トン以上の飛行機には木は使うべきではない」と記載されていました。ヒューズ社では、デュラモールド（薄い木の板を合成樹脂で張り合わせた合板）の技術はありましたが、巨大なHK-1にそのまま適用できるものではありませんでした。

さらに、ヒューズは細かい点まで設計をチェックし、意思決定に時間がかかりました。また、気に入らないことがあるとすぐに幹部を交代させるなど、ヒューズの性格も開発の遅延につながりました。1943年後半には、開発の遅れは明らかになり、アルミニウム合金の供給体制も安定したことから、主翼を金属製にするという提案もありましたが、ヒューズがそれを認めなかったため実現しませんでした。

1944年2月、陸軍の圧力を受けた国防工場公社は、作業の中止を通告しましたが、ヒューズは政権に働きかけ、開発を続行させました。この時、カイザーはプロジェクトから離脱し、ヒューズ社との単独契約となりました。この結果、プロジェクトは「H-4 ハーキュリーズ」と改名されました。

完成と最初で最後の飛行

長年の歳月を費やし、ハーキュリーズは1946年6月に完成しました。1947年11月1日、ドックに水が入れられ、ハーキュリーズはその巨体を水面に浮かべました。翌日、滑水テストが行われ、ヒューズ自らが操縦桿を握り、高度25メートル、距離1マイルほどの短い時間でしたが、ハーキュリーズは初めて空を飛びました。しかし、この飛行で尾翼に損傷が発見され、機体強度にも問題があることが判明しました。その後、機体の補強などが行われましたが、二度と飛行することはありませんでした。

初飛行後と現在

飛行テストを行なわなくなった後も、ハーキュリーズはヒューズによって保管されていました。1953年の洪水で機体が損傷した際には、2年をかけて完全に修復しました。その後、ハーキュリーズはスミソニアン博物館に寄贈される予定でしたが、輸送費の問題と博物館側の都合により実現しませんでした。最終的に、ハーキュリーズはヒューズの資産管理会社に譲渡され、ロングビーチで豪華客船「クイーン・メリー」とともに展示されました。ヒューズの死後、1982年に保存施設へ移送され、その後2001年からは、オレゴン州マクミンヴィルのエバーグリーン航空博物館で展示されています。

機体の仕様

ハーキュリーズは、全幅97.51メートル、全長66.65メートル、全高24.18メートルという巨大な機体です。機体は主にバーチ材が使用され、一部にスプルース材が使われています。搭載エンジンは、プラット・アンド・ホイットニーR-4360型エンジンを8基搭載し、8基のプロペラで推進します。操縦システムは、人力では困難なため油圧装置が採用されました。機体の内部は3層構造になっており、最上層が操縦室、最下層が燃料タンク、中間層が貨物室です。貨物室の床は1平方メートルあたり610キログラムの荷重に耐えられるように設計されており、戦車も搭載可能でした。

評価

ハーキュリーズは、その巨大さゆえに「最大の愚行」と評されることもありますが、航空技術の発展には大きく貢献しました。エンジンや操縦システムなど、大型航空機開発の基礎となる技術を残したことは評価されるべきです。また、その特異な経緯と巨大な機体は、現在でも多くの人々を魅了しています。

登場作品

ハーキュリーズは、映画『アビエイター』や『タッカー』で紹介され、アニメ『ヨギ・ベア』にも登場しています。また、ゲーム『クリムゾン・スカイ』や『L.A.ノワール』でもその姿を見ることができます。

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