HeLa細胞

HeLa細胞：医学の進歩と倫理のはざま

HeLa細胞（ヒーラさいぼう）は、医学研究において非常に重要な役割を果たしてきた、ヒト由来の最初の細胞株です。世界中の研究室で培養され、様々な実験や研究に利用されています。しかし、その起源には倫理的な問題も含まれています。

HeLa細胞の起源

1951年、ヘンリエッタ・ラックスという30代のアフリカ系アメリカ人女性が子宮頸がんで亡くなりました。彼女の腫瘍から採取された細胞が、ジョンズ・ホプキンス大学のジョージ・オットー・ゲイ博士によって培養され、細胞株として確立されたのがHeLa細胞です。

細胞培養の技術は19世紀から存在しましたが、ヒト由来の細胞を長期間培養することは非常に困難でした。ゲイ博士は、マウス由来のL細胞の株化に成功していましたが、ヒト細胞の培養にも挑戦していました。そんな中、ラックスさんの腫瘍細胞から、世界で初めてとなるヒト細胞株の培養に成功し、彼女の名前にちなんでHeLa細胞と名付けられました。

HeLa細胞の特徴

HeLa細胞は、上皮細胞のような形態を持つ付着細胞で、非常に高い増殖能を持っています。他の癌細胞と比較しても、その増殖速度は異常なほどです。また、不死化しているため、無限に細胞分裂を繰り返すことができます。これらの特徴から、癌細胞としての性質も持っています。

HeLa細胞が不死化している理由の一つとして、ヒトパピローマウイルス18型 (HPV18) の感染が挙げられます。HPV18の遺伝子の一部が細胞の染色体に組み込まれることで、細胞増殖を抑制するタンパク質が阻害され、細胞周期の停止やアポトーシスが回避されると考えられています。また、テロメラーゼが活性化していることも、HeLa細胞がヘイフリック限界を回避し、無限に増殖できる要因の一つです。

HeLa細胞は異数性であり、正常なヒトの染色体数（46本）とは異なる、多くの染色体を持っています。染色体数には細胞ごとのばらつきがあり、同じ系統の細胞株でも、様々な染色体数を持つ細胞が含まれています。

HeLa細胞の利用

HeLa細胞は、ヒトがん細胞のモデルとして、また、一般的なヒト細胞のモデルとして、様々な研究に利用されてきました。ポリオワクチンの開発、RNAの生合成や細胞内局在の研究、細胞融合を利用した細胞周期の研究など、その応用範囲は多岐にわたります。アメリカ国立医学図書館の論文データベースによると、HeLa細胞に関する論文は11万件以上にのぼります。

倫理的な問題

HeLa細胞は、ヘンリエッタ・ラックスさんの同意なしに採取・培養されました。当時は、摘出された組織や細胞は医師や医療機関の所有物とみなされており、患者の同意は必須ではありませんでした。しかし、ラックスさんの家族がHeLa細胞の存在を知ったのは、20年以上も後のことでした。その間、HeLa細胞は商業的に利用され、多大な利益を生み出しましたが、ラックスさんの家族には一切還元されませんでした。

この問題は、後にジョン・ムーア対カリフォルニア大学の訴訟の参考事例となり、摘出された組織や細胞の商業利用に関する議論を呼びました。近年では、医療倫理の重要性が高まり、HeLa細胞のゲノム利用にはラックス家の事前承認が必要となるなど、ルール作りが進められています。また、企業や研究機関による寄付など、ヘンリエッタ・ラックスさんの顕彰も行われています。

他の細胞へのコンタミネーション

HeLa細胞は、非常に高い増殖性を持つため、他の細胞に紛れ込んで汚染（コンタミネーション）を引き起こすことがあります。実際に、HEp-2細胞やKB細胞など、他の細胞株がHeLa細胞に汚染されていた事例が報告されています。

新生物 Helacyton gartleri？

HeLa細胞は、ラックスさんの子宮頸がんから生じた癌細胞として扱われていますが、一部の研究者は、その分類について議論を続けています。無限に複製する能力やヒトとは異なる染色体数から、HeLa細胞を人間の体細胞とは別種のHelacyton gartleriであると主張する研究者もいます。

HeLa細胞は、医学研究に多大な貢献をしてきた一方で、倫理的な問題や細胞汚染の問題も抱えています。その歴史と現状を理解することで、科学研究における倫理の重要性を再認識することができます。

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