ILLIAC II

ILLIAC II（イリアック・ツー）は、アメリカ合衆国のイリノイ大学によって開発され、1962年に運用が開始された歴史的なコンピュータです。その概念設計は、すでに1958年には提案されており、当時のコンピュータ技術を大きくリードする様々な先進的な要素が盛り込まれていました。開発チームが目指したのは、先行機であるILLIAC Iの実に100倍という驚異的な計算性能でした。

概要

ILLIAC IIは、主記憶装置として8192ワードの磁気コアメモリを搭載しており、そのアクセス時間は1.8～2.0マイクロ秒という速さを実現していました。また、より大容量の補助記憶装置として、65,536ワードの磁気ドラムメモリを備えており、こちらは7マイクロ秒のアクセス時間でした。さらに、一時的な計算結果を保持するための高速バッファも装備しており、これは現在のキャッシュメモリと同様のコンセプトを持つもので、0.25マイクロ秒という非常に高速なアクセスが可能でした。これにより、頻繁に参照されるデータを迅速に処理することができました。

ILLIAC IIのワードサイズは52ビットと、当時としては比較的大きなものでした。浮動小数点数の表現形式も特徴的で、7ビットを指数部（4のべき乗）、残りの45ビットを仮数部に割り当てる方式を採用していました。命令セットは26ビットまたは13ビット長で構成されており、1ワードの中に最大で4つの命令を効率的に詰め込むことが可能でした。

技術革新

ILLIAC IIは、世界で初めて本格的にトランジスタを用いたコンピュータの一つとして知られています。開発当時はまだトランジスタの量産体制が確立されていませんでしたが、その将来性を見越して設計が進められました。これは、同時期に開発が進められていたIBM 7030（Stretch）コンピュータとも共通するアプローチでした。

ILLIAC IIプロジェクトは、IBM 7030と競合しながら進行しました。イリノイ大学が設計文書などを公開していたことから、ILLIACチームの一部には、IBMがILLIAC IIの革新的なアイデアを参考にしたのではないか、と見る向きもありました。

計算能力を高めるための技術も数多く採用されています。その一つが、SRT除算アルゴリズムの発明者の一人であるジェームズ・ロバートソン氏が設計した高性能な除算ユニットです。

また、ILLIAC IIは、IBM 7030と並び、世界で最初のパイプライン方式を採用したコンピュータとして歴史に名を刻んでいます。このパイプライン設計はドナルド・ギリース氏によって行われ、各ステージはそれぞれ「先行制御 (Advanced Control)」、「遅延制御 (Delayed Control)」、「相互作用 (Interplay)」と名付けられていました。これにより、複数の命令を並行して処理し、スループットを向上させることが可能になりました。

さらに、ILLIAC IIは、デビッド・E・ミューラー氏によって発明されたMuller C-Elementに基づく、非同期デジタル回路であるSpeed-Independent Circuitry（速度独立回路）を採用した最初のコンピュータの一つでもありました。これにより、回路の応答速度に依存しない、より信頼性の高い動作を実現しました。

重要な発見

ILLIAC IIがまだ完成前の評価段階にあった頃、開発メンバーの一人であるドナルド・ギリース氏は、このコンピュータ向けにメルセンヌ数を探索するプログラムを作成しました。このプログラムを実行した結果、当時知られていなかった新たな3つのメルセンヌ素数を発見するという快挙を成し遂げました。この発見は学術界だけでなく、広く世間にも注目され、イリノイ大学の郵便局の消印に10年以上にわたってそのことが記されたり、ニューヨークタイムズ紙で報道されたり、ギネス世界記録に掲載されたりしました。ギリース氏は、この発見に関する論文を学術誌『Mathematics of Computation』に発表しています。

その後

完成からおよそ10年が経過し、ILLIAC IIは役目を終えて分解されました。数百に及ぶモジュールは廃棄される運命でしたが、多くの学生が記念として持ち帰りました。ドナルド・ギリース氏も12個のモジュールを持ち帰っており、そのうち10個とフロントパネルが2006年にギリース氏の遺族によってイリノイ大学に寄贈され、現在は貴重な歴史的資料として保管されています。

また、ILLIAC IIプロジェクトに関する詳細な記録も多く残されています。ギリース氏の息子は、命令セット、設計報告、研究報告、進捗報告など、合計2000ページにも及ぶ膨大な関連文書を保管しており、その多くはイリノイ大学にも現存しています。

その他、日本人研究者である相磯秀夫氏が、1960年9月に演算制御装置の設計に携わったことも記録されています。

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