ドナルド・ギリース

ドナルド・ブルース・ギリース（Donald Bruce Gillies, 1928年10月15日 - 1975年7月17日）は、カナダが生んだ著名な数学者であり計算機科学者です。彼は特にゲーム理論、コンピュータのアーキテクチャ設計、そして初期のミニコンピュータにおけるプログラミング環境の開発といった分野で顕著な業績を残しました。

誕生から学生時代

ギリースはカナダのトロントで生を受け、地元のトロント大学付属高等学校で学びました。彼は飛び級をしたため、通常の年齢よりも早く、18歳で高校課程を修了しています。

1946年にトロント大学へ進学。当初は語学を専攻し、最初の学期だけで7科目もの語学系科目を履修しましたが、翌学期には高校時代から得意としていた数学へと専攻を転向しました。1950年の権威あるPutnam Competition（数学コンテスト）では、親友のジョン・P・メイベリーと共にトロント大学の公式代表チームを上回る成績を収めるという快挙を成し遂げました。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で一年間大学院課程を履修した後（1951年）、ジョン・P・メイベリーの強い勧めもあり、コンピュータ科学の父とも称されるジョン・フォン・ノイマンの下で学ぶため、プリンストン大学へと籍を移しました。彼の研究の中心は、まずコンピュータの設計にあり、次に数学でした。プリンストンに移籍した後も、以前所属したイリノイ大学の研究者たちと協力し、メリーランド州アバディーン実験場に設置されたORDVACコンピュータの稼働準備に携わっています。

プリンストンでの博士課程の研究中に、フォン・ノイマンは、当時まだ存在していなかったアセンブラの開発にギリースが多くの時間を費やしていることを知ります。フォン・ノイマンは激怒し、すぐにその作業を中止するよう命じました。彼は、コンピュータがこのような些末な作業に使われるべきではないと固く信じていたからです。しかし、わずか2年間という異例の短期間で、ギリースは1953年に25歳で博士号を取得します。彼の博士論文『ゲーム理論への寄与』は出版され、その中で彼は非ゼロ和ゲームにおける安定的な解の集合を「core」（コア）と定義し説明しました。

初期キャリアの軌跡

博士号取得後、ギリースはイギリスに渡り、国立研究開発公社（NRDC）に勤務しました。ここでは、フェランティ社が開発した初期の商用コンピュータであるPEGASUSを使用する機会を得ています。当時、米国では朝鮮戦争の影響でカナダ人を含む若い男性の徴兵が積極的に行われており、1956年にアメリカに戻ったギリースは、36歳になるまで徴兵適格者（1-A）と見なされ続けました。

帰国後間もなく、彼はアリス・E・ダンクルと結婚し、母校であるイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校（UIUC）で教授職に就きました。

1957年10月初頭、ソ連による人工衛星スプートニク1号の打ち上げは、米国に大きな衝撃とパニック（いわゆるスプートニク・ショック）をもたらしました。UIUCの天文学部は衛星からの信号測定のため特別な干渉計を用意しましたが、その軌道計算が喫緊の課題となりました。ギリースは同僚の物理学者ジェームス・スナイダーと共に、学内のコンピュータILLIAC I上で迅速にプログラムを作成し、わずか二日でスプートニクの正確な軌道を計算することに成功しました。この軌道推算結果のレポートと、後の科学誌『ネイチャー』での発表は、米国社会の不安を鎮める一助となったのです。

1950年代後半には、コンピュータ関連で3つの特許を取得しています。特に注目すべきは、当時まだ一般化していなかったベースレジスタによるプログラムの再配置（リロケーション）に関する詳細な実装方法に関する特許です。ギリースはこれらの特許をある種のユーモアと捉え、特許料を一切請求せずにIBMにその権利を供与しました。これは、もし他の誰かが同様のアイデアで特許を取得した場合、それがコンピュータ産業全体の発展を阻害する可能性があったため、それを未然に防ぐという意図があったとされています。

1958年、ギリースはイリノイ大学が開発していたスーパーコンピュータILLIAC IIにおいて、画期的な3段階のパイプライン構造を設計しました。この制御回路は、命令の先行処理（advanced control）、遅延処理（delayed control）、そして両者の連携（interplay）によって構成されています。この設計は広く公開され、しばしば世界初のパイプライン実装とされるIBM 7030ストレッチと同時期か、あるいはそれ以前に行われたものとして、計算機科学史において重要な位置を占めています。ギリース自身も、1962年のミシガン会議で『非常に高速なコンピュータの設計について』と題して、この成果を発表しています。

ILLIAC IIの稼働試験中、ギリースは計算機科学の成果を数学コミュニティにも広く知らしめたいという意図も持ち、この最新鋭機を最大限に活用するアルゴリズムを設計し、新たに3つのメルセンヌ素数を発見しました。彼はこれらの発見を論文『3つの新しいメルセンヌ数と統計理論』として発表しました。発見された素数は当時知られていた中で最大のグループであり、ギネスブックにも掲載されました。特に最大の素数（2^11213 - 1）は、イリノイ大学数学科から送られる郵便物の消印として使用されるほど、学内で祝賀されました。

後期の取り組みと貢献

1960年代後半に入ると、ギリースは多くの学生がコンピュータに直接アクセスし、プログラミングを学ぶ機会が限られている現状を憂慮するようになります。彼はこの状況を改善するため、UIUCに働きかけ、カナダのワーテルロー大学で開発された高速なFORTRANコンパイラシステム、WATFIVの導入を実現しました。当時のバッチ処理では、プログラムを提出しても結果が返ってくるまでに一日待つことも珍しくありませんでしたが、WATFIVはコンパイル、リンク、そして短いプログラムの実行をメモリ内で完結させることで、わずか数秒で結果を返すことを可能にしました。この革新的なコンパイラのおかげで、UIUCは情報工学以外の学生にもプログラミングの基礎を教えるクラスを開設できるようになり、計算機教育の普及に貢献しました。

1969年には、彼はニクラウス・ヴィルトによるプログラミング言語Pascalの初期の仕様書『Pascalユーザマニュアルとリポート』の草稿を受け取ります。これに触発され、ギリースは北米で最初のPascalコンパイラを開発するプロジェクトを立ち上げました。大学院生のイアン・ストックスを中心に開発された2パスコンパイラは、1970年代初頭にミニコンピュータPDP-11上で完成しました。このプロジェクトは『PDP-11 Playpen』と呼ばれ、大学院生が安価なPDP-11のようなコンピュータに自由に触れ、実験できる環境を提供することを目的としていました。

Pascalコンパイラ開発から二年後、大学院生グレッグ・チェッソンの熱心な要望に応え、ギリースは1974年にAT&Tベル研究所からUNIXオペレーティングシステムのライセンス取得を実現しました。チェッソンは後にUNIXカーネルに手を加えた世界で三人目の人物となり、シリコングラフィックス社（SGI）の創業初期のメンバーとして活躍することになります。

早すぎる死と遺産

ドナルド・ブルース・ギリースは、1975年7月17日、ウイルス性心筋炎により46歳の若さで予期せぬ突然の死を遂げました。彼の早すぎる死は多くの人々に惜しまれましたが、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校では、彼の多大な業績を称え、現在も毎年記念講演会が開催されています。

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