ITRON

ITRON (Industrial TRON) とは

ITRON（アイトロン）は、TRONプロジェクトによって策定された組み込みシステム向けのリアルタイムOSカーネル仕様です。この仕様に準拠した実装は、ITRON OSと呼ばれることもあります。

日本では、長年にわたり組み込みOSのトップシェアを維持しており、業界標準として広く採用されています。組込み総合技術展で毎年実施されるアンケート調査では、2016年度時点でTRON系OSが全体の約6割、そのうちITRON系OSが43%を占め、UNIX系OSを大きく引き離しています。

海外では、Linux系OSが主流であり、ITRONの知名度は低いですが、日本製家電製品に搭載され世界に輸出されているため、OSのシェア自体は高いです。2003年には世界シェア1位を記録しました。ライセンスが緩く、無償で利用できたため、Linuxが普及する以前はアジアでも広く利用されていました。

μITRON

μITRONは、ITRONのサブセットであり、特に性能の低いシステムから大規模なシステムまで、幅広い組み込みシステムに対応できることが特徴です。現在、ITRONと言うと、μITRONのことを指す場合が多くなっています。

歴史

ITRONは、TRONプロジェクトの初期段階で設計が開始されました。

1984年頃: TRONプロジェクトのサブプロジェクトとしてITRONの開発が開始。
1987年: ITRON1の仕様が公開。
1989年: ITRON2とそのサブセットであるμITRON2の仕様が公開。ITRON2は大規模システム向け、μITRON2は小規模システム向けに策定されました。μITRON2は、非常に性能の低いMCUでも利用可能で、組み込み分野で広く採用されました。
1993年: μITRON3の仕様が公開。システムコールのレベル分けにより、小規模から大規模システムまでをカバーする仕様となりました。
1996年頃: ITRONサブプロジェクトの第2フェーズが開始。組み込みシステムの複雑化に伴い、アプリケーションの移植性向上の要望が高まりました。
1999年: μITRON4の仕様が公開。ソフトウェアの移植性を高めるため、仕様の互換性や厳密性が高められました。
2000年: T-Engineプロジェクトが開始。ITRONの標準化をさらに進め、次世代リアルタイムOSであるT-Kernelプロジェクトが始まりました。
現状: 2016年現在、μITRONの最新仕様は1999年公開のμITRON4仕様（2006年12月公開の4.03.03）です。仕様書では、μITRONからT-Kernelへのスムーズな移行が将来の課題として示唆されています。坂村健氏によると、μITRONは2000年の時点で「成熟した技術」とされています。ユビキタスコンピューティング時代では、T-Kernelプロジェクトがより重視されていますが、μITRONも依然として多くのシステムで使用されています。
2023年: IEEEがTRONプロジェクトのリアルタイムOSを「TRON Real-time Operating System Family, 1984」としてIEEEマイルストーンに認定しました。

主な採用例

ITRONは、業務用機器、白物家電、ゲーム機のリモコンなど、目に見えない領域で広く利用されています。テレビ録画サーバーや自動車など高度な機器では、複数のOSが組み合わされ、その一部としてμITRONが稼働しています。

Nintendo Switch: メインOSはFreeBSDベースですが、コントローラーのNFC制御にμITRON4.0仕様のリアルタイムOSが採用されています。また、ファイルシステムにはT-Kernelベースの「eCROS」プラットフォームの一部が使われています。
高機能携帯電話（ガラケー）: 2000年代前半から後半にかけて、ガラケーのOSとして広く使われました。しかし、標準化が弱く、各社がカスタマイズした結果、ソフトウェアが肥大化し、3G携帯ではOSのカスタマイズが問題となりました。その後、ガラケーではLinuxのような汎用OSが主流となりましたが、カメラ制御などの部分では依然としてμITRONが使われている可能性があります。
その他: 2000年代前半のマルチメディア機器では、プロセッサの性能を最大限に引き出すためにITRONが使われましたが、技術者の負担が大きいため、2010年代以降はリアルタイム性能が要求される部分のみに使われる傾向にあります。

発展

T-Kernel

T-Kernelは、T-Engineフォーラムによって開発された、μITRON3.0仕様の発展版です。ITRONの「弱い標準化」思想に対し、T-Kernelは「より強い標準化」を志向しており、移植性の向上、ミドルウェアの普及を目的としています。

TOPPERS

TOPPERSは、ITRONの主要な実装の一つで、TOPPERS/JSPカーネルはμITRON仕様4.03に基づいています。TOPPERS新世代カーネルは、ITRON仕様に必ずしも準拠していませんが、ITRONをベースにしています。

まとめ

ITRONは、その柔軟性と実績から、多くの組み込みシステムで利用されてきました。特にμITRONは、小規模なシステムから大規模なシステムまで幅広く対応できるため、様々な機器で採用されています。T-KernelやTOPPERSといった後継技術も登場しており、今後もITRONは組み込みOS分野で重要な役割を果たしていくでしょう。

参考文献

μITRON 4.0仕様: http://www.t-engine.org/ja/specifications#d
μITRON4.0標準ガイドブック: http://www.personal-media.co.jp/book/tron/191.html