J・B・S・ホールデン

J・B・S・ホールデン：異端の天才生物学者

ジョン・バードン・サンダーソン・ホールデン（John Burdon Sanderson Haldane, 1892年11月5日 - 1964年12月1日）は、イギリスを代表する生物学者であり、その多岐にわたる業績と破天荒な生き方で知られています。集団遺伝学の基礎を築いた一人であり、生命の起源に関する科学的な理論を提唱した先駆者でもあります。

生い立ちと幼少期

ホールデンは、スコットランドの名門であるホールデン家の出身で、父は著名な生理学者ジョン・スコット・ホールデンでした。幼少期から父の実験助手兼被験者として扱われ、その影響で科学に強い関心を持つようになりました。4歳で自らの血液について質問したり、8歳でメンデルの法則についての講演会に出席したりと、幼少期から科学に対する並外れた才能を示していました。名門イートン校に進学しますが、その優秀さゆえにいじめに遭い、同級生から暴力を受ける日々を送りました。しかし、この時期に後の著名な生物学者ジュリアン・ハクスリーとの交流が始まり、彼の庇護を受けることになります。

戦争と社会主義への傾倒

オックスフォード大学では、古典文学を専攻しつつも、数学と動物学に熱中しました。第一次世界大戦が勃発すると、フランスや中東の戦線に従軍し、その中で社会主義思想に目覚めます。前線でも科学論文を執筆し、また父と共に毒ガスの研究を行うなど、その並外れた才能は戦場でも発揮されました。その後、共産主義に惹かれ、イギリス共産党に入党しますが、後にソビエト連邦の悲劇を知り離党しました。

研究活動と業績

大戦後、ホールデンはオックスフォード大学で生理学を教え、自らを被験者とした人体実験を行いました。1930年代から40年代にかけては、ロンドン大学で遺伝学の教授を務め、アレクサンドル・オパーリンとほぼ同時期に生命の起源に関する説を発表しました。彼の最も重要な功績の一つは、ダーウィンの自然淘汰説とメンデルの遺伝法則を統合し、集団遺伝学の基礎を築いたことです。また、酵素反応速度論においても、ミカエリス・メンテン式の新たな導出法（ブリッグス・ホールデン式）を明らかにするなど、多岐にわたる研究成果を残しました。

著作と影響

ホールデンは、一般向けの解説書やエッセイも多数執筆しました。特に有名なのは、『ダイダロス、あるいは科学と未来』です。この作品は、科学の進歩を理想化したものであり、トランスヒューマニズムの先駆的な思想を示唆するものとして知られています。また、H・G・ウェルズやジュリアン・ハクスリーとの共著もあり、科学思想の普及に大きく貢献しました。彼の著作は、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』にも影響を与えたとされています。

個性的な思想と行動

ホールデンは、その個性的な言動でも注目を浴びました。「宇宙は我々が想像する以上に奇妙なのだ」という言葉は、彼の科学に対する探究心を象徴しています。また、遺伝子中心視点主義や血縁選択説を先取りするような考えも持っていたとされ、その革新的な視点は、今日の科学にも大きな影響を与えています。

晩年

晩年はインドに移住し、インド統計大学やオリッサ州立生物学研究所で教鞭をとりました。1964年にオリッサ州で亡くなりました。彼の業績は、現代の生物学の基礎を形成し、多くの科学者や思想家に影響を与え続けています。

ホールデンの法則

ホールデンが提唱した概念や法則はいくつか存在します。
ホールデン・マラーの原理：遺伝的に平衡状態にある集団では、突然変異による集団適応度の減少率は、個体あたりの総突然変異率に等しく、個々の遺伝子の有害度には依存しないというもの。
ホールデンの原理：動物の性質はその大きさによってほぼ規定されるという考え方。
ホールデンの規則：系統の異なる動物の雑種第1代において、片方の性のみに異常が見られる場合、その性が異型接合であるというもの。
ホールデンの法則：宇宙は我々が想像する以上に奇妙であるという概念。

関連人物

ホールデンは、ジョン・メイナード＝スミスを始めとする多数の後進を育成しました。しかし、R.A.フィッシャーとは対立しており、その影響は学生たちにも及んでいたとされています。

まとめ

J・B・S・ホールデンは、その多彩な業績、ユニークな思想、そして波乱に満ちた生涯を通して、20世紀の科学史に大きな足跡を残しました。彼の研究は、現代生物学の基礎となり、その思想は多くの人々に影響を与え続けています。

もう一度検索