KIC 8462852

KIC 8462852（タビーの星）

「KIC 8462852」は、地球から約1480光年離れた、はくちょう座の方向に位置する連星系です。この系は、太陽よりもやや大きく高温な主星（KIC 8462852A）と、暗い赤色矮星の伴星（KIC 8462852B）から構成されています。この恒星は、特に主星が示す、これまでの観測例にないような特異な光度変化から、天文学者の間で大きな注目を集めています。最初にこの異常な減光を詳細に報告した天文学者タベサ・ボヤジャンにちなみ、「タビーの星」あるいは「ボヤジアンの星」とも呼ばれています。

星系の特徴

主星KIC 8462852Aは、太陽と同じくらいの金属量を持つF型主系列星ですが、その特徴的な点の一つは、自転周期が約20時間と非常に短いことです。一方、伴星KIC 8462852Bは暗い赤色矮星ですが、その詳しい性質はまだあまり分かっていません。

謎の減光現象の発見

この星系が特異とされる最大の理由は、主星KIC 8462852Aが示す極めて不規則かつ大規模な減光現象です。2015年 9月、NASAの系外惑星探査機ケプラーが2011年から2013年にかけて取得した観測データから、この恒星の明るさが予測不能なタイミングで、かつ大幅に低下していることが発表されました。通常の系外惑星が恒星の前を通過する際の減光（トランジット）では、恒星全体の明るさはせいぜい1%程度しか減少しません。しかし、KIC 8462852Aでは、一度の減光で最大15%から22%もの明るさが失われることが観測されています。このような急激で大きな、しかも規則性のない減光は、既知のどのような自然現象でも容易には説明がつきませんでした。伴星の影響や通常の惑星の存在だけでは、これほどの光度変化を引き起こす可能性は極めて低いとされています。この未曽有の事態に、一部では地球外知的生命体による恒星を覆う巨大構造物（例えばダイソン球のようなもの）の存在を示唆する声も上がり、大きな話題となりました。この現象を発見したタベサ・ボヤジャン自身も、「このような恒星を見たことがない」と述べるほどの異常性でした。

減光原因の探求

この謎の減光の原因を探るため、様々な可能性が検討されました。ケプラー探査機自体の不具合の可能性から、恒星周囲に存在する大量の惑星、小惑星、彗星、あるいはそれらの破片群が光を遮っているというシナリオまで、多角的な視点から観測や分析が進められました。次に減光が起こる可能性に備え、カール・ジャンスキー超大型干渉電波望遠鏡群などを用いた観測態勢もとられました。また、減光時に恒星から放出される電磁波のスペクトルを観測することで、光を遮っている物質の性質を探る試みも行われました。

長期的な光度変化

不規則な一時的減光に加え、KIC 8462852Aはより長い期間にわたって恒常的な光度を変化させている可能性も指摘されています。古い天体写真乾板のデータを分析した研究では、19世紀後半から20世紀にかけて、この恒星の明るさが段階的に減少していたとする主張がなされました。ただし、この分析結果については、データの系統誤差の評価に関して批判的な意見も存在します。一方、ケプラー宇宙望遠鏡の約4年間にわたる連続観測データを再解析した研究では、観測期間中に恒星の明るさが全体として約3%減少していたことが示されました。この減光率は期間によって変動しており、単調な変化ではない可能性も示唆されています。別のサーベイ観測データからも、継続的な減光傾向が報告されていますが、過去には一時的に明るさが増加した期間もあったとする分析結果も存在し、長期的な光度変化の全貌もまだ完全に解明されているわけではありません。

原因に関する仮説

減光の原因として最も有力視された仮説の一つは、恒星の周囲を大きく歪んだ軌道で公転する巨大な彗星、およびそこから分裂した膨大な数の破片や塵の雲が周期的に恒星の前を通過するというものでした。この説によれば、2011年の大規模減光は巨大彗星本体、2013年の減光はそれに続く破片群によるものと考えられました。しかし、このシナリオでは、恒星の周囲に強い赤外線が観測されるはずですが、スピッツァー宇宙望遠鏡などの観測ではそのような赤外線放射は検出されませんでした。これは、光を遮っている物質が岩石質ではなく、冷たい（したがって赤外線をほとんど出さない）彗星の塵である可能性を示唆しました。しかし、写真乾板データなどから長期的な減光の可能性が浮上してくると、単一の彗星やその破片群だけでは説明が難しくなりました。長期的な減光を説明するには、非現実的な数の彗星や物質が必要となる計算結果も示されています。

他の仮説としては、巨大な環を持つ木星型惑星が、その軌道上の安定点に大量の小惑星やデブリを伴っており、これらが周期的に恒星を隠すというモデルも提唱されました。ただし、このモデルでも、観測された減光率を説明するためには、惑星や環、そして小惑星群が極めて巨大かつ非現実的な量で存在する必要があり、問題点が多いとされています。

現在、有力視されている説の一つに、恒星の周囲を公転する、中央に大きな穴が開いた不透明なダスト円盤の存在を仮定するものがあります。このモデルでは、観測者が円盤を斜め方向から見ている場合、円盤の内側の端が恒星の一部を覆い隠すように見え、これが恒星の「平常時」の光度を決定します。もしこの円盤の内縁に不規則な「こぶ」のような部分が存在すれば、それが恒星の前を通過する際に一時的に恒星が隠される面積が増加し、観測される不規則な減光を引き起こすと考えられます。この説は、赤外線がほとんど観測されないことや、長期的な減光傾向、そして一時的な不規則減光の両方をある程度整合的に説明できる可能性を持っています。

系外惑星の可能性

主星KIC 8462852Aの周囲には、木星質量の0.25倍から50倍程度の質量を持つ太陽系外惑星候補が存在する可能性も示唆されています。ただし、質量が木星の50倍を超える場合は、恒星ほどではないものの自身で光を放つ褐色矮星という天体である可能性が高くなります。これらの候補天体が観測された減光現象に直接関連しているかは不明です。

結論

KIC 8462852（タビーの星）は、その特異な不規則・大規模減光現象から、現在も多くの天文学者やアマチュア観測者の注目を集めている天体です。地球外知的生命体の構造物説は広くは受け入れられていませんが、既知の自然現象だけでは完全に説明できない点が多く、その真の原因は依然として大きな謎に包まれています。継続的な観測と詳細な分析により、この珍しい天体の正体が明らかになることが期待されています。