MSXturboR

MSXturboR

MSXturboR（エム・エス・エックス・ターボアール）は、1990年に発表されたMSX規格の最終世代であり、MSX2+の後継に位置づけられます。正式な表記は「MSXturboR」であり、スペースを含む「MSX TurboR」や大文字の「T」を用いるのは誤りです。

従来のMSXが搭載していたZ80A相当の8ビットCPUに加え、本規格では新たに16ビットCPU「R800」を採用することで、処理性能の大幅な向上が図られました。また、それまでのMSXではオプション扱いだったMSX-DOS2、日本語変換のMSX-JE、音源のMSX-MUSICが標準で搭載されました。

一連のMSX規格の中で、これが最後の規格となりました。


対応機種を発売したのは松下電器産業（現在のパナソニック）のみです。1990年10月に初代モデル「FS-A1ST」が発売されると、年末商戦と重なり人気を博し、当初は3万台を超える好調な販売を記録しました。この成功を受け、翌1991年11月にはメインメモリを512KBに増設し、MIDI端子を備えた改良モデル「FS-A1GT」を発売しました。しかし、多機能化による価格上昇（消費税込みで10万円以上）が課題となり、当時主流だったPC-9801シリーズの安価な互換機（セイコーエプソン製 PC-286Cが12万円台）と比べ、価格競争力を失ったことも、FS-A1GTの販売台数が約7,000台と大幅に減少した一因となりました。

ハードウェア

MSXturboRは、旧来のMSXとの互換性を保つため、Z80相当のCPU（MSX-ENGINE2）と、R800使用時にZ80のバスサイクルを模倣する機能を持つシステムLSI S1990を実装しています。R800自体はメモリ管理なども含めZ80を拡張した構造を持つCPUですが、turboRではこれらの拡張機能は使用されず、乗算命令が追加された高速なZ80として利用されています。Z80相当品とR800は排他利用となっており、同時に動作させることはできません。「turboR」の「R」は、このR800に由来します。

R800は28.63636MHzで動作しますが、システムクロックとしては内部で4分周された7.159090MHzが出力されます。命令実行時間がZ80のように固定ではないため、3.911μ秒ごとにカウントアップするシステムタイマーが新たに実装されました。

メインメモリはMSX2で導入されたメモリー・マッパーを用いて拡張されていますが、S1990の仕様により内蔵マッパーには制限があります。512KBまでは問題なく実装できますが、マッパーレジスタが6bitまでしかデコードされないため、1MBを実装した場合にレジスタの読み込みに問題が発生することがあります。本体にメモリを増設する改造を行った場合、この問題のために動作しないアプリケーションも存在します。

描画機能にはMSX2+と同じV9958が採用されましたが、MSXの構造上VDPを経由しなければVRAMにアクセスできないため、VDPへのアクセスが増えることでMSX2+よりもウェイトが多くかかり、描画処理を含むソフトウェアでは全体のパフォーマンスが低下する傾向がありました。描画を行わないソフトウェアでは高速な動作を示しますが、描画が増えるほどVDP自体の処理速度に依存するため、描画関連の処理がボトルネックとなるソフトウェアでは、高速モードの性能上の優位性が旧機種に対して十分に発揮されませんでした。しかし、後にCPUパワーを活かし、Z80では難しかった処理を垂直同期割り込み期間中に行うことで、より高度な描画を実現するプログラムも登場しました。起動画面のスクロールはMSX2+より高速化されています。

音源としてはMSX-MUSICが標準搭載されたほか、8ビットPCMの録音再生機能も備えています。ただし、標準のBIOSルーチンではPCM再生中に他の処理が停止するため、他の機種のように音楽と同期させて使用するのは困難で、利用例は多くありませんでした。後にはVDPの走査線割り込みを利用して並列再生を実現したソフトウェアも現れましたが、MSXには元々1ビットD/Aサンプリング機能や、PSGを用いた4ビットPCM再生ソフトも存在したことから、さほど注目はされませんでした。

MSX-MIDI

MSXturboRにオプションとして用意されたMSX-MIDIは、他の規格と異なり拡張BASICは用意されましたが、ハードウェアを直接制御するためのBIOSは存在しません。BASICからの制御は、MSX-MUSICを含む形で拡張されており、本体内蔵の場合はMSX-MUSICと同じスロットに配置されます。カートリッジの場合は、カートリッジ側のROMによって制御されます。

BASIC以外の環境では、ROMを読み込むことでハードウェアの存在を確認し、直接I/Oポート経由で制御を行います。また、本体の処理性能を考慮して、turboRより前のMSX機では対応していません。

MSX-MIDIは、データ通信用にi8251、ボーレートジェネレータおよびタイマー用にi8253またはi8254といったICを使用し、I/Oポート経由で制御します。ハードウェアの存在はROMの値から判断しますが、内蔵と外付けハードウェアでは仕様が異なるため、差異を吸収するBIOSがないことから、アプリケーション側で両方を考慮したプログラムを作成する必要がありました。

オプション機器としては、ビッツーからμPACKカートリッジが発売されており、FS-A1STに接続することでFS-A1GT相当の仕様を実現できました。ただし、このカートリッジは制御用ROMと256KBのマップドメモリを内蔵した複合機器であり、セカンダリスロットを拡張する形で実装されるため、他の複合機器との同時使用はできません。また、基本スロットに接続されないため、セカンダリスロットを検索しないプログラムでは検出できませんでした。

個人製作の回路として、藤本昌利氏によるMIDIインタフェース3の製作例も公開されており、ハードウェア的にはFS-A1GTの内蔵MIDIインターフェイス部分と互換性があります。ただし、規格上のハードウェア検出はシステムROMの確認で行われるため、ROMチェックを行うソフトウェアや拡張BASICを使用する用途とは非互換です。I/Oポートアドレスも固定されているため、FS-A1GTでは使用できませんでした。

ソフトウェアと互換性

MSXturboRは、規格の柔軟性を活かし、モードスイッチではなく起動時にBIOSが自動的に判断して起動モードを選択します。従来のソフトウェアは自動的に互換モード（Z80モード、MSX2+相当）で動作します。起動後にモードを切り替えることも可能で、ブートブロックを書き換えて強制的に高速モードで動作させるツールや、システムの一部をフックして任意でモードを切り替えられるソフトウェアも開発されました。ただし、従来機種用のソフトウェアを高速モードで実行した場合、タイミングが大きく変化するため、VDPやFDDなどのハードウェア制御のウェイト不足など、保証外の動作となることがほとんどでした。turboR発売後に、MSX2/2+用としてリリースされながらも高速モードで動作するゲームも一部に存在しました。

オプション規格としてGUI環境「MSXView」が用意されました。これは1987年にHAL研究所から発売されたMSX2向けソフト「HALNOTE」を、MSX-DOS2やメモリマッパーに対応させるなど発展させたものです。1991年にアスキーからディスク版と漢字ROMカートリッジがセットで発売されました。MSXturboR本体だけでも動作しましたが、漢字ROMカートリッジがあれば16×16ドットの内蔵フォントを12×12ドットに圧縮する負荷がなくなるため、より高速に表示できました。FS-A1GTにはMSXViewがROMで内蔵されましたが、ディスク版はシステムディスクの要求が頻繁で、シングルドライブ環境では実用的ではありませんでした。MSXView向けの対応ソフトは、表計算ソフトのViewCALCや一部のフリーウェアに限られました。HALNOTEのソフトもMSXView上で使用可能でした。

また、搭載されたPCM再生ハードウェアには、15.75KHz、7.875KHz、5.25KHz、3.9375KHzのサンプリングレートに対応したBASICコマンドとBIOSが標準で整備されました。

一方で、データレコーダーへの対応など、使用頻度が低下していた機器への対応が規格から削除されました。それに伴い、BASICの関連命令が削除され、BIOSルーチンもエラーを返すか何もせず戻るように変更されました。これにより、この機種まで維持されていた旧仕様との完全な「上位互換」ではなくなりました。

参入メーカーと機種

対応機種を発売したのは松下電器産業（現：パナソニック）のみです。

FS-A1ST（1990年10月発売、価格87,800円）
メインメモリ256KBを搭載した標準モデル。搭載ワープロはR800の恩恵で高速化されました。後に発売されたμPACKを接続することでGT相当のハードウェア構成にできますが、拡張メモリがZ80バス接続のためアクセスが遅く、完全に同一の構成ではありません。
FS-A1GT（1991年11月1日発売、価格99,800円）
メインメモリが512KBに倍増し、MSX-MIDIインターフェイス、MSXViewがROMで内蔵されました。ビデオ出力コネクタのピンアサインや数が変更され、CSync信号がコンポジットビデオ出力として利用可能になり、RCAピンジャックで接続する場合はRGB端子からビデオ・音声を取り出す形になりました。RF出力は削除されています。本体デザインは同社のMSX2+モデルから流用されています。
音声回路上の一部のフィルムコンデンサにより、音声信号に強いローパスフィルタがかかり、他のMSXより高域が出にくいという事象がありました。このコンデンサを取り外したり、容量の少ないものに交換したりすることで本来の音色に近づけることができましたが、本体の分解や精密作業が必要なため、電子工作の経験がないユーザーには困難でした。この解決法はインターネット普及後、Chabinn氏によって広く知られるようになりました。

互換機

オークション運営会社のAUCNET（日本ビジネステレビジョン）が、「中古車衛星TVオークション」の端末として開発した「NIA-2001」が存在します。背面にR800とZ80を切り替えるスイッチがあり、スーパーインポーズ機能も搭載していました。日本ビジネステレビジョン、アスキー、高岳製作所の共同開発の可能性が高いとされています。サービス終了時に端末は回収されました。

MSX3計画

本来、MSXturboRはR800に加えてV9958互換の新VDP（V9978とナンバリングされていたとされる）を搭載し、MSX3としてリリースされる予定でした。しかし、新VDPの開発において互換性維持に失敗したため、MSXへの採用は見送られ、後にV9990としてMSXとは無関係のVDPとして発表されました。新VDPの不採用により、名称もMSX3ではなくなったとされています。MSXの提唱者である西和彦氏は、R800とV9978にMSX-AUDIOを加えてMSX3とすることを構想していたと語っています。

もう一度検索