NIH症候群
NIH症候群（Not Invented Here syndrome）とは
NIH症候群（Not Invented Here syndrome）は、組織や国が、他の組織や国（または異なる文化圏）で生まれたという理由だけで、優れたアイデアや製品を受け入れない、あるいは受け入れようとしない心理的傾向を指します。この結果、既存のものとほぼ同じものを自前で開発してしまうことがあります。これは「独自技術症候群」や、端的に「自前主義」とも呼ばれます。
「Not Invented Here」（ここで発明したものではない）という言葉自体が、既存の製品、研究、知識を、その発祥が異なるという理由だけで利用・購入しない、社会や企業、業界の風土や文化を指す際に、軽蔑的な意味合いを込めて使われることが一般的です。
様々な分野におけるNIH症候群の例
コンピュータ業界
かつてのコンピュータ業界では、各ベンダーが独自の通信プロトコルを使用していたため、相互運用性の確立が課題でした。そこで、開放型システム間相互接続（OSI）の策定が試みられましたが、そのプロトコルが複雑すぎ、実装が困難であったため、多くのベンダーはより実用的なTCP/IPを優先しました。この結果、TCP/IPが事実上の標準規格となりました。
また、1980年代のホビーパソコン市場では、イギリスで人気を博したZX Spectrumが日本ではほとんど売れず、逆に日本製のMSXがイギリスやアメリカではほとんど普及しませんでした。これは単にエンドユーザーの好みだけでなく、販路開拓やマーケティング戦略の問題も大きく影響しており、一種のNIH症候群と捉えることもできます。
自由ソフトウェアコミュニティ
自由ソフトウェアやオープンソースのプロジェクトでは、同じ機能を目指す複数のプロジェクトが並立することが多く、NIH症候群の例としてよく挙げられます。例えば、Linuxディストリビューションは数百も存在し、それぞれ異なる目的や応用分野を持つとされていますが、実際には中身がほとんど同じである場合も多く、活発に保守されていないものも多数存在します。
しかし、既存のプログラムがすべてフリーでない場合に、その機能をフリーなものとして実装するのはNIH症候群とは異なります。オープンソースコミュニティは、クローズドソース実装の代替となる実装を提供しようとしているためです。NIH症候群とは、技術的な理由や法的理由以外の理由で、自前での開発に固執することを指します。これは「車輪の再発明」とも呼ばれ、プライド、無知、既存の解決策への不満、または単に作成したいという欲求などがその動機となることが多いです。この傾向はオープンソースコミュニティに限らず、プロプライエタリソフトウェアでも見られます。
軍需産業
軍需産業では、国内での生産を重視する傾向が政策に影響を与えることがあります。これは、設計者や官僚に仕事を与えるという目的や、戦時に備えて自国での兵器生産・整備能力を維持する必要性から主張されます。しかし、その結果、非効率な開発や重複投資が発生することもあります。
第二次世界大戦中の日本では、陸軍と海軍が各々で独自の兵器開発を行い、機関銃のような基本的な兵器でさえ互換性のないものが使用されていました。さらに、陸軍が輸送用小型潜水艇を必要とした際にも、海軍に依頼するのではなく、陸軍自ら建造しました。また、同一の航空機用エンジンのライセンス生産権をドイツから購入する際に、陸海軍が別々に交渉し、ライセンス料を支払ったという逸話も残っています。
メディア業界
アメリカのテレビ業界では、ネットワークと特定の制作会社が提携関係にあるため、その制作会社の番組を優先的に購入する傾向があります。これは、ヴァーティカル・インテグレーションによる財政的利点があるためですが、一種のNIH症候群とも言えます。
また、他のネットワークが提携関係にあるスタジオの作品を購入した場合、シリーズ化する際には、自社と提携関係にあるスタジオに制作を移行させることも少なくありません。例えば、『CSI:科学捜査班』は当初、Touchstone Television（現ABC Studio）が制作していましたが、CBSがスタッフごと引き抜いた事例があります。
NIH症候群がもたらす影響
NIH症候群は、組織や国が外部の優れた技術やアイデアを拒絶し、独自に開発しようとするため、結果的に非効率や重複投資を生み出す可能性があります。これにより、貴重なリソースが浪費され、競争力が低下するリスクも伴います。
まとめ
NIH症候群は、特定の分野に限らず、様々な業界や組織で発生しうる現象です。その根底には、自前主義や排他的な考え方、さらには無知やプライドといった要因が存在します。この症候群を克服するためには、外部からの優れたアイデアや技術を柔軟に受け入れ、オープンな姿勢を持つことが重要です。
参考文献
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