NSC-68

NSC-68（国家安全保障会議報告第68号）とは

国家安全保障会議報告第68号（NSC-68）は、1950年4月14日にアメリカ合衆国国家安全保障会議（NSC）がハリー・S・トルーマン大統領に提出した、全58ページの極秘政策文書です。これは、アメリカの冷戦政策を語る上で非常に重要な文書の一つとされています。

NSC-68は、共産主義勢力の拡大に対する封じ込めを最優先事項とすることを決定し、冷戦時代の約20年間にわたるアメリカの外交政策に大きな影響を与えました。トルーマン大統領は、1950年 9月30日にこの文書に正式に署名しています。機密指定は1975年に解除され、一般公開されました。

歴史的背景

1950年までに、アメリカは国家安全保障政策の見直しを迫られる様々な出来事に直面していました。北大西洋条約機構（NATO）の設立、対ヨーロッパ軍事援助の開始、ソ連による原爆実験の成功、そして中国での共産党による国民党の打倒などがその例です。

アメリカ国務省は、この状況を踏まえ、国防長官ルイス・A・ジョンソンや予算局内の反対を押し切り、アメリカの戦略政策と軍事計画の見直しを実施しました。NSC-68に関する検討報告によると、当初、国防費の上限として設定されていた125億ドルを超える提案に対して、最初に抵抗したのは委員会の国防総省代表でした。

NSC-68は、アメリカとソ連の熱核兵器保有に関する事前調査の結果を踏まえ、トルーマン大統領の要請に基づき作成されました。トルーマン大統領は、国務長官と国防長官に対し、「平時および戦時におけるアメリカの基本方針の再検討、そしてこれらの基本方針がアメリカの戦略計画に与える影響の再検討」を命じました。

最初の報告書は4月7日に提出されましたが、更なる検討のためNSCに差し戻されました。

NSC研究会（判明分）

NSC-68の作成に関わった主なメンバーは以下の通りです。

ポール・ニッツェ（議長、国務省政策企画局長）
ジョン・パトン・デイヴィス（国務省のソ連専門家）
ロバート・タフツ
ロバート・フッカー（国務省政策企画局スタッフ）
ディーン・アチソン（国務長官、ザ・ワイズ・メンの一員）
チャールズ・E・ボーレン（国務省のソ連専門家、後に中ソ大使、ザ・ワイズ・メンの一員）
トルーマン・H・ランドン少将（統合参謀本部代表、後に在欧米空軍司令官・中将）
サミュエル・S・ブタノ
ロバート・A・ラヴェット（国防副長官、後に国防長官、ザ・ワイズ・メンの一員）

トルーマン大統領の当初の反応

当初、トルーマン大統領は1950年に提出されたNSC-68を支持しませんでした。彼は、どの計画が具体的に変更されるのかが不明確であり、従来の国防費の上限と矛盾すると考えていました。そのため、文書を差し戻して精査を求め、最終的に1951年に承認しました。

NSC-68は、当時のアメリカにおける事実上の国家安全保障戦略を再検討し、アメリカとソ連の潜在力を軍事的、経済的、政治的、心理的な視点から分析しました。また、アメリカが直面している問題を「我々が直面している問題は重大であり、我が国のみならず文明自体の成就または破壊に関わるものである」と述べ、危機感を強く表明しました。

内容と意義

ジョージ・F・ケナンの封じ込め理論は、アメリカがソ連の脅威に応じて多面的な外交政策を展開することを提唱していましたが、NSC-68は外交行動よりも軍事行動を重視する政策を推奨しました。ケナンの影響力のある電報（1946年2月）は、ソ連に対する封じ込めを提唱しましたが、NSC-68においては「計画的かつ段階的な抑圧政策」と定義されました。

NSC-68は、アメリカが「圧倒的総合力」と「他の友好諸国との信頼に足る連携」を確立するために、平時における大規模な軍事支出を求めました。また、軍に対しては以下の能力を持つよう要求しました。

西半球と主要同盟国の防衛による、同地域の戦争遂行能力の向上
動員基盤の整備維持、および勝利のための攻撃力増強
ソ連の戦争遂行能力における必須要素を破壊するための攻撃作戦の実行、およびアメリカとその同盟国が攻撃力を最大限に伸ばすまで敵を撹乱すること
上記任務の遂行に不可欠な通信線と基地地域の防衛と維持管理
同盟諸国の役割遂行に必要な支援の提供

NSC-68自体には具体的な費用推計は含まれていませんでしたが、計画にはアメリカのGNPの相当部分、おそらく約20％以上が費やされると予測されました。当時のアメリカのGNPに占める国防費の割合は6～7％に過ぎなかったため、トルーマン大統領が設定した国防支出上限とNSC-68の内容が矛盾することは明らかでした。NSC-68は、1950年の国防支出を当初予定の130億ドルから500億ドルに増額することを要求しました。具体的な経費分析や予算編成は、その後NSC内に設置された作業部会によって行われました。

内部の議論

NSC-68は、冷戦が不必要に拡大していると考える一部の上級官僚から批判を受けました。報告書がトルーマン政権の幹部に送付された際、その多くは内容を嘲笑しました。ウィラード・ソープは、文書中の「ソ連は、自国の総合的経済力とアメリカのそれとの差を着実に縮めている」という主張に疑問を呈し、「実際の差は広がっており、我々に有利になっている」と反論しました。また、予算局のウィリアム・ショーブは、「どの分野においても」アメリカはソ連よりもはるかに優れていると信じていました。ケナンも、大規模な再軍備の要求には賛同しませんでした。

トルーマンの立場

ソ連が核兵器を保有した後も、トルーマン大統領は軍事費の抑制を試みました。しかし、NSC-68の勧告を拒否するのではなく、関連経費の見積もりを求めました。その後、報告書はほとんど進展しませんでしたが、1950年 6月25日に北朝鮮軍が38度線を越えたことで状況は一変しました。朝鮮戦争の勃発により、NSC-68は新たな重要性を帯びることになりました。

世論

トルーマン政権は、議会や有力者に戦略的再軍備の必要性、そしてソ連共産主義の封じ込めを説得するための広報活動を開始しました。この過程で、孤立主義者や強硬な反共主義者といった反対勢力を克服する必要がありました。国務省とホワイトハウスは、1950年6月の北朝鮮による攻撃と朝鮮戦争を利用し、再軍備の方向へと世論を誘導しました。

歴史的議論

冷戦が激化するにつれて、NSC-68は大きな歴史的論争を引き起こしました。この文書は、アメリカの外交政策が包括的な封じ込め戦略に転換する上で重要な役割を果たし、その後の政権によっても引き継がれていきました。分析は、NSC-68が脅威を「可能な限り最悪の観点から」説明したとするものから、高まる脅威を正確に描写したとするものまで、多岐にわたっています。

総括

NSC-68は、冷戦を理解する上で非常に重要な文書であり、現在の外交政策にも影響を与えています。提案が当初拒否されたにもかかわらず、この文書の実施はアメリカの政策がソ連だけでなく、あらゆる共産主義政府に対してどれほど「転換」したのかを示しています。NSC-68は、トルーマン大統領に明確かつ一貫した国策を提供し、それまで存在しなかった指針を打ち立てました。また、NSC-68は、当時「赤狩り」とアルジャー・ヒス事件によって右派からの攻撃にさらされていたトルーマンの問題に対処するものでもありました。NSC-68は非公開であったものの、アメリカの従来兵器や核兵器の能力を増強させる形でその影響が現れ、結果的に国家の財政負担が増大しました。国防予算増額の提案に関しては具体的な勧告を行っていないものの、トルーマン政権は1950年から1953年の間に国防費の割合をGDPの5％から14.2％へと3倍近く増加させました。