Neve Electronics

Neve Electronics

1961年、イギリスのエンジニアであるルパート・ニーヴ氏によって設立されたNeve Electronicsは、プロフェッショナル向けのレコーディング・スタジオおよび放送局用音響機器、特にミキシング・コンソールや関連モジュールの設計・製造を専門とした企業です。ニーヴ氏の先見的な設計思想に基づき、同社は高品位なオーディオ機器を数多く生み出し、音響業界に革命をもたらしました。

黎明期と成長

Neve Electronicsは、設立当初から大規模なスタジオシステムに対応するミキシング・コンソールとそのためのモジュール群の開発に力を入れていました。特に、真空管ではなくソリッド・ステートによるディスクリート回路設計を基本路線として採用。当時はゲルマニウム・トランジスタが主流であり、これは後のシリコン・トランジスタとは異なる独特の音響特性を生み出しました。

設立から間もない1964年、同社はロンドンのフィリップス・レコーディング・スタジオからの依頼に応じ、後に名機となるNeve #1064マイクプリアンプ/EQモジュールを搭載した最初のミキシング・コンソールを完成させました。これを皮切りに、様々なオーダーメイドのコンソールが設計・製造され、Neve製品はイギリス国内にとどまらず、急速に世界へと輸出されるようになります。

1968年には、ソリッド・ステート方式のリミッター/コンプレッサーであるNeve #2254を設計。このモデルは現在も多くのスタジオで愛用されるダイナミクス系処理機器の代表格となりました。同年頃からはアメリカへの輸出も始まり、ニューヨークのVanguard Records所有スタジオがNeve製コンソールを初めて導入したと記録されています。これによりNeveはアメリカ市場でも確固たる地位を築いていきました。

製品の多様化と変革

1970年には、ウェッセックス・スタジオの要望に応える形で、伝説的なマイクプリアンプ/EQモジュールであるNeve #1073が誕生しました。このモジュールは、その豊かな音質と汎用性の高さから、今日に至るまでスタジオ定番機材として絶大な人気を誇っています。

1970年代に入ると、レコーディング用途に加え、放送局向けのコンソール製造も本格化します。1973年には、Neve #1081マイクプリアンプ/EQを搭載したミキシング・コンソール#8048が生産されました。放送局とレコーディング・スタジオでは要求される仕様が異なるため、Neveはクライアントごとにモジュール構成や回路設計をカスタマイズできる柔軟な設計体制を敷いていました。

経営からの離脱と技術への専念

1081および#8048が発表された1973年、ルパート・ニーヴ氏はNeve Electronics社をBonochordグループに売却し、経営の一線からは退きます。しかし、彼は引き続き機材の設計開発に専念し、1975年には先進的なコンピューター制御フェーダー・オートメーションシステムであるNecam Systemを完成させ、ロンドンのAIRスタジオに導入されました。ニーヴ氏はその後1977年頃までNeve Electronicsに留まり、設計業務に携わっていました。1979年には、デジタルとアナログ双方の技術を融合させたコンソール#8108が開発されるなど、技術革新は続きました。

デジタル化の波と企業の変遷

1980年代に入ると、DSP（デジタル信号処理）などのデジタル技術を用いた新たなコンソール設計開発プロジェクトに莫大な投資が必要となり、Neve Electronics社の財政状況は厳しさを増します。Necam Systemの改良や、デジタル技術によるバスアサイン切り替えシステムなど、当時の最先端技術への投資が経営を圧迫した結果、1985年に同社はシーメンス・グループに買収されることとなります。

その後、シーメンス・グループ傘下となったNeve Electronicsは、1992年に同じくシーメンス傘下でデジタルプロセッサー開発をリードしていたAMS社（Advanced Music Systems）と合併し、現在のAMS Neveとして存続しています。

ルパート・ニーヴ氏自身はAMS Neveには関わらず、その後AMEK Systems and Controlsでのミキサー設計を経て、Focusriteを創業。晩年は自身の名を冠したRupert Neve Designsの代表を務めました。彼はソリッド・ステート・ロジック社の創業者であるコリン・サンダース氏と並び、世界のレコーディングスタジオで使用される数々の名機を生み出した伝説的な技術者として広く知られていましたが、2021年に肺炎と心不全のため惜しまれつつ逝去しました。

Neveの遺産

ルパート・ニーヴ氏が設計したNeve Electronics時代の製品は、ディスクリート回路を基盤とした独特のサウンドと堅牢な設計思想により、1960年代後半以降、世界中のエンジニアやミュージシャンから熱烈な支持を受けました。当時のオリジナル機材は、現在もビンテージ機材市場で高値で取引され、現役で使用され続けており、プロフェッショナル向けスタジオ機材の歴史における重要な礎となっています。

現在のAMS Neve社では、これらの歴史的な製品の一部を現代の技術で復刻生産しており、Neveのサウンドは今もなお多くの作品で耳にすることができます。

主なNeve Electronics時代の製品

AMS Neve社で復刻されているモデルもありますが、以下はNeve Electronics時代に発表され、ビンテージ機材として現在も価値を持つ代表的な製品群です。

H/A EQ モジュール
Neve #1064: 1964年発表。Class A動作のディスクリート回路設計。3バンドEQとHPFを搭載。主要ノブは全てクリック式で可変抵抗器を使用しない設計が特徴。PSUは非内蔵。
Neve #1073: 1970年発表。Class A動作のディスクリート回路設計。3バンドEQとHPFを搭載。トレブルEQ以外は連続可変式のレベル調整。現代でも通用するスペックを持ち、AMS Neveでも複数のモデルとして継承されている。PSUは非内蔵。
Neve #1081: 1973年発表の#8048コンソール用モジュール。Class A/B動作となり、これまでのモデルとサウンド特性が異なる。4バンドEQにHPF/LPFを搭載。周波数設定はクリック式、レベル調整は連続可変式。AMS Neveでも継承モデルが存在。PSUは非内蔵。

リミッター/コンプレッサー
Neve #2254: 1968年発表。ディスクリート回路設計のリミッター/コンプレッサー。コンプレッサーとリミッター回路が独立しており、個別に設定・オンオフ可能。ステレオ・カップリングにも対応。#33609の原型であり、現在もダイナミクス系機材の代表格。AMS Neveでもラックマウント型として継承。
* Neve #33609: 1970年発表。2チャンネル仕様のリミッター/コンプレッサー。19インチラックマウント可能で、コンソール以外にも設置しやすい。コンプレッサーとリミッターは独立回路。ステレオ・カップリング対応。AMS Neve移行後を含め複数のバージョンが存在し、AMS Neveでも現行モデルとして継承。

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