RD-0110

ロケットエンジン RD-0110

概要

RD-0110は、ロシアのキマフトマティキ設計局（KbKhA）によって開発された、液体酸素とケロシン（RG-1）を推進剤とするガス発生器サイクルのロケットエンジンです。主にソユーズシリーズロケットの第3段「ブロックI」に搭載され、長期間にわたりロシアの宇宙開発を支えてきました。その設計思想は「単純さと信頼性」にあり、派生型を含めると57年以上の運用実績を誇る、極めて信頼性の高いエンジンとして知られています。

開発の歴史

RD-0110の開発は、1960年代初頭にOKB-154（後のKbKhA）のS.A. コズベルグの主導のもとで始まりました。当初は、無人偵察衛星打ち上げ用のモルニヤロケットの第3段エンジンとして計画されました。

RD-0107: 開発の基礎となったのは、SS-8サシン大陸間弾道ミサイルのエンジンRD-0106や、ボストークロケットのRD-0105/RD-0109の開発経験でした。これらを基に、1960年から1961年にかけて設計されたRD-0107が、1960年10月10日に初めて飛行しました。
RD-0108: 有人宇宙飛行を目的としたボスホートロケットの第3段エンジンとして、有人飛行に必要な厳格な基準を満たすべく開発された派生型です。RD-0107と同等の性能を持ちながら信頼性を向上させ、1963年11月16日に初飛行を遂げました。
RD-0110: モルニヤ-Mロケットの信頼性向上のため、RD-0107/RD-0108をさらに改良する計画から誕生しました。1963年にわずか9ヶ月で開発され、1964年に初飛行しました。このRD-0110が、その後のソユーズシリーズの主力エンジンとして長く使われることになります。

これらの派生型エンジンはすべて、GRAUインデックス「8D715P」という共通の識別子を持つことがあります。後継エンジンとして、より高性能なRD-0124が開発され、ソユーズ-2.1bやソユーズ-2.1vのブロックIに搭載されるようになっています。

技術的特徴

RD-0110の設計における最大の哲学は、高い信頼性の実現でした。これを達成するため、システム構成は極力シンプルに保たれています。

推進剤供給システム: 液体酸素とケロシンを供給するターボポンプは、単一の軸で駆動される統合設計です。タービンは、燃料をやや過剰にした混合気を燃焼させるガス発生器からのガスによって駆動されます。ターボポンプは、背中合わせに配置された遠心式の羽根車を持ち、吸込口を2箇所設けることで、低い流入圧力でも十分な吸込性能を発揮できるよう設計されています。
点火システム: ガス発生器と主燃焼室の点火には、火工品（火薬）が使用されます。
推力制御: エンジン推力は、調節器と弁の設定によって制御されます。公称推力の100%から90.5%の間で調整が可能であり、緊急時には短時間ながら107%まで出力を上げることができます。
* 冷却システム: 燃焼室とノズルの冷却には、推進剤であるケロシンを流すことで熱を吸収する再生冷却方式が採用されています。多くのソビエト製エンジンと同様に、波型シートを重ね合わせた冷却ジャケット構造が用いられています。ノズル下部は軽量化のため、外部の内張りを持たず、波型ジャケットが露出しています。高温に晒されるスロート（くびれ部）は、熱伝導性に優れる銅に溝を削り出した構造で、効率的な冷却を可能にしています。また、スロートの上部には、燃料を薄い膜状に流すことで壁面を保護するフィルム冷却機構も備わっています。

開発における課題と解決策

RD-0110の開発過程では、燃焼の不安定性という技術的な課題に直面しました。初期には噴射装置の設計が原因で不安定性が観測されましたが、これは二液推進剤の遠心式噴射器の設計を最適化することで解決されました。

さらに、認証試験の段階で、エンジンの起動時にまれに（60回から80回に1回程度）、高周波の燃焼不安定性が発生することが判明しました。これは地上での試験時のみ発生する現象でしたが、信頼性確保のために徹底的な対策が講じられました。音響解析とモデリングを用いた詳細な調査の結果、燃焼室内に縦方向に6本の可燃性フェルトの筋を取り付けるという独創的な方法で、この起動時不安定性は恒久的に解消されました。

生産と運用実績

RD-0107、RD-0108、そしてRD-0110といった一連のエンジンは、ロシアのヴォロネジ機械工場で生産されています。

特にRD-0110は、ソユーズ、ソユーズL、ソユーズU、ソユーズU2、ソユーズFG、ソユーズ2.1aといった歴代のソユーズロケットの第3段として、最新のソユーズ2.1b/vに後継のRD-0124が採用されるまで、長年にわたり使用されました。これまでに1350回以上の飛行ミッションに参加し、累計燃焼時間は336,500秒を超える膨大な記録を持っています。2018年2月時点でも初飛行から57年以上が経過しており、その設計の堅牢性と信頼性の高さが伺えます。現在も、一部のミッションで運用が続けられています。

しかし、長い歴史の中で運用上のインシデントも発生しています。例えば、2011年8月24日に打ち上げられた国際宇宙ステーション向けのプログレスM-12M補給船は、RD-0110エンジンの不具合が原因で打ち上げに失敗しています。

まとめ

RD-0110エンジンは、その単純かつ堅牢な設計と長年の運用実績により、ロシアの有人宇宙飛行や無人衛星打ち上げにおいて不可欠な存在であり続けました。半世紀以上にわたる歴史の中で技術的な課題を克服し、信頼性の高い性能を発揮してきたこのエンジンは、ソユーズロケットシリーズの成功に大きく貢献した、まさに宇宙開発史における傑作の一つと言えるでしょう。後継機への世代交代が進みつつありますが、その功績は今後も語り継がれることでしょう。

もう一度検索