TIC 168789840

TIC 168789840は、6つの恒星が互いの重力によって結びついた、複雑な構造を持つ多重星系です。この系は、3組の連星ペア（それぞれ2つの恒星が互いを公転している組み合わせ）から成り立っており、これらのペア全体がさらに共通の重心の周りを公転しています。3対の連星を持つ恒星系はこれまでにもいくつか発見されていましたが、TIC 168789840が際立っているのは、その連星ペアの公転面がほぼ地球の方向を向いていることです。この配置のおかげで、恒星がお互いを隠し合う「食」現象を地球から観測することが可能となっており、これは発見史上初めての事例として天文学的に重要な意味を持っています。

発見の経緯

この珍しい恒星系は、NASAのトランジット系外惑星探索衛星（TESS）による観測データからその存在が明らかになりました。TESSの継続的な観測によって、系を構成する6つの恒星が食連星として規則的な明るさの変化を示していることが確認され、詳細な分析の結果、6連星系であることが突き止められました。この発見は2021年1月に正式に発表されました。

TIC 168789840は地球から約1,900光年（約584パーセク）離れた遠方に位置しており、夜空ではエリダヌス座の領域、特に目印となる恒星であるウプシロン2星（テーミン）のやや西側に見つけることができます。しかし、ウプシロン2星は比較的明るいレッドクランプ巨星であるのに対し、TIC 168789840はそれよりもはるかに遠く（約9倍の距離）、見かけの明るさが非常に暗いため、地球からの観測には高性能な望遠鏡による高い倍率と優れた解像度が要求されます。

構成と軌道

TIC 168789840を構成する3対の連星ペアは、それぞれAペア、Bペア、Cペアと名付けられています。これらのペアは、お互いの、そして系全体の重心の周りを複雑な軌道を描いて運動しています。

特に、AペアとCペアは比較的近い距離に位置しており、互いの共通重心の周りを約3.7年という周期で公転しています。これに対し、3番目のBペアは、AペアとCペアの組み合わせ、そして自身を含む系全体の重心の周りを、およそ2000年という非常に長い周期で公転していると考えられています。内側のAペアとCペアの間隔は約4天文単位（地球と太陽の平均距離の約4倍）と計算されており、これは約7ミリ秒角という小さな分離角に相当します。現在の望遠鏡ではこのペアを直接分離して観測することは困難ですが、将来的にさらに高精度のスペックル干渉法などの観測技術が進歩すれば、直接その分離を確認できる可能性が示唆されています。

また、AペアとCペアの組み合わせ全体は、Bペアから約250天文単位という比較的大きな距離（約423ミリ秒角の分離角）離れた位置にあります。各連星ペアを構成する恒星の合計質量は、Aペアが約6.9太陽質量、Bペアが約21.4太陽質量、Cペアが約6.1太陽質量と推定されています。ペア内部を構成する2つの恒星間の距離はさらに近く、分離角は非常に小さいため、個々の星を分解して観測することはできません。しかし、公転面が地球向きであるために観測できる食現象を利用することで、それぞれの星の質量、半径、温度、軌道パラメータといった詳細な物理的性質を精密に測定することが可能となっています。

恒星の物理的特徴

3つの連星ペアを構成する合計6つの恒星には、それぞれ異なる特徴が見られます。それぞれのペア内でより質量の大きい「主星」と呼ばれる恒星は、太陽と比べてわずかに表面温度が高く、より明るい星です。一方、質量の小さい「伴星」は、主星と比較して表面温度がかなり低く、暗い星です。

これらの恒星の進化段階を見ると、主星はいずれも中心部での水素核融合を終えつつあり、主系列星の段階から次の進化段階へ移行を始めたばかりの状態にあると考えられています。これに対して、伴星は主星よりも質量が小さく寿命が長いため、現在も安定して中心部で水素の核融合反応を続けている、典型的な主系列星の段階にあります。

惑星存在の可能性

このような複雑な多重星系において、惑星が安定した軌道を持つことができるかどうかは興味深い研究テーマです。TIC 168789840の場合、AペアやCペアのように恒星同士が非常に近い距離で公転している連星系の周囲では、重力的な影響が大きすぎて惑星が安定した軌道を維持することは難しいと考えられています。しかし、Bペアのように系全体の重心から比較的離れて公転しているペアの周囲、あるいはBペア自身の周囲であれば、理論的には安定した惑星軌道が存在する可能性が示唆されています。今後の観測によって、この系に惑星が存在するかどうかが明らかになるかもしれません。

6連星系としては、ふたご座のカストルなども知られていますが、TIC 168789840のように食連星として観測できる点は独特であり、多重星系の形成や進化、あるいは惑星系の形成条件を理解する上で、貴重な研究対象となっています。

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