TSR (ゲーム出版社)

TSR, Inc.：ダンジョンズ&ドラゴンズの生みの親、その栄光と終焉

TSR, Inc. は、ロールプレイングゲーム（RPG）『ダンジョンズ&ドラゴンズ』（D&D）の出版で一世を風靡したアメリカのゲーム出版社です。1973年にTactical Studies Rulesとして設立され、幾度かの変遷を経て1997年にウィザーズ・オブ・ザ・コースト社に買収されるまで、ゲーム業界に大きな足跡を残しました。本記事では、TSRの設立からD&Dの誕生、隆盛、そしてウィザーズ・オブ・ザ・コースト社による買収まで、その歴史と軌跡を詳しく解説します。

TSRの誕生：Tactical Studies Rulesから

TSRの物語は、1973年にゲイリー・ガイギャックスとドン・ケイの2人が、2400ドルの資本金を集めてTactical Studies Rulesを設立したことから始まります。彼らの目的は、世界初のRPGであるD&Dのルールを出版し、販売することでした。最初の製品はミニチュアゲーム『Cavaliers and Roundheads』で、D&Dの出版資金を調達するためのものでした。共同経営には、後にブライアン・ブルームとデイヴ・アーンソンが加わりました。

1974年、TSR（ガイギャックスの指示のもと）はD&Dを1000部製作し、10ドルで発売しました（追加のダイスセットは3ドル50セントで別売）。1975年には、ブルームのウォーゲーム『Panzer Warfare』を出版しました。このゲームは、第二次世界大戦を舞台にした1/285スケールのミニチュアを使用するルールセットでした。

創業当初、TSRは製品を顧客に直接販売し、ゲームショップやホビーストアに卸し、さらにミニチュアフィギュアのメーカーの3つの代理店だけに大量販売していました。1975年には通常の代理店を絞り込み、1976年にはアメリカのホビー産業組合に加入し、トレードショーに出展し、通常の代理店ネットワークを確立しました。1975年にはティム・カスクが出版編集者として入社し、最初のフルタイム社員となりました。同年、ドン・ケイが心臓発作で死去し、Tactical Studies Rulesの共同経営は解消されました。

TSR Hobbies, Inc.の設立とD&Dの隆盛

残った経営者であるブライアン・ブルームとゲイリー・ガイギャックスは、TSR Hobbies, Inc.という新会社を設立しました。ブルームと彼の父メルヴィン・ブルームが過半数の株式を所有していました。旧会社の資産は新会社に移管され、『Empire of the Petal Throne』が最初の製品として出版されました。また、『グレイホーク』と『ブラックムーア』がD&Dのサプリメントとして発売され、ゲームの世界観を拡張しました。1975年にはボードゲーム『Dungeon!』と西部劇RPG『Boot Hill』も発売されました。

TSRは1976年からGen Conゲームフェアの主催者となり、史上初のD&Dオープントーナメントを開催しました。1976年にはD&Dサプリメント『Eldritch Wizardry』と『Gods, Demi-gods & Heroes』が発売され、1977年にはオリジナルのD&Dベーシックセットが発売されました。また1977年には、初のハードカバー書籍である『Monster Manual』を出版し、『Player's Handbook』やアドベンチャー・モジュールも発売しました。

1979年には、『Dungeon Master's Guide』が出版され、ラジオCMも放送されました。ガイギャックスはゲームズワークショップにイギリス国内でのTSR製品の独占的な流通権を与え、後にイアン・リビングストンやスティーブ・ジャクソンと会見しました。ゲームズワークショップは高い輸入コストを避けるために、D&DやAD&Dの独自のタイトルを出版しました。TSRはゲームズワークショップとの合併に合意できず、イギリスで活動するための子会社TSR, Ltd.を設立し、ヨーロッパ大陸にも事業を拡大しました。

1980年には、AD&Dの最初のキャンペーン・セッティングである『World of Greyhawk』が発表され、スパイRPG『Top Secret』も発売されました。1981年には、Inc. magazineがTSR Hobbiesを米国で最も急速に成長している非公開企業の1つとして格付けしました。1982年には、TSR Hobbiesの売上高は2000万ドルを超えました。

TSR, Inc.への変遷と多角化戦略

1983年、会社はTSR, Inc.、TSR International、TSR Ventures、TSR Entertainment, Inc.の4つに分割されました。ガイギャックスはTSR Entertainment, Inc.を設立するためにハリウッドに渡り、D&Dの製品のライセンスを取得しようとしました。彼の努力は、D&Dのアニメーションシリーズにつながりました。しかし、ブルーム兄弟が企業の資金を悪用したとして非難され、会社を去ることを余儀なくされました。ブルーム兄弟の退社から1年足らずで会社は150万ドルの純損失を計上し、スタッフの約75%をレイオフしました。

TSR, Inc.は1984年にドラゴンランスサーガをリリースし、アメリカでナンバー1のファンタジーとサイエンス・フィクション小説の出版社になりました。ドラゴンランスは、ゲームサプリメントとマーガレット・ワイスとトレイシー・ヒックマンによって書かれた一連の小説の三部作の両方を推進しました。1984年には、Marvel Super Heroes、Adventures of Indiana Jones、Conanの出版ライセンスを取得しました。1985年、Gen Conはウィスコンシン州ミルウォーキーに移動しました。

ウィリアムズによる経営支配と衰退

ガイギャックスは会社に財務の健全性を回復する方法としてブルーム兄弟を除去することを要求しました。ブルーム兄弟は自分たちの株をローレイン・ウィリアムズに売却しました。ガイギャックスは販売は違法であると主張しましたが失敗し、自分の持ち株をウィリアムズに売却しました。

ウィリアムズはゲームの知識に乏しく、社内でゲームをプレイすることを禁じました。その結果、多くの製品はプレイテストされることなく発売され、既存の製品と互換性がありませんでした。1987年にフォーゴトン・レルムが発売され、AD&D第2版の開発が始まりました。しかし、1990年代に入ると、トレーディングカードゲームの台頭や訴訟問題、顧客軽視などが重なり、TSRは衰退の一途をたどりました。

ウィザーズ・オブ・ザ・コースト社による買収と終焉

1997年、トレーディングカードゲーム『マジック：ザ・ギャザリング』の発行元であるウィザーズ・オブ・ザ・コーストがTSRとその知的財産権を買収し、TSRの歴史に幕を閉じました。TSRの社員はウィザーズ・オブ・ザ・コーストのオフィスに移動する機会を与えられましたが、レイク・ジェニーバのオフィスは閉鎖されました。その後、会社の様々な部分が他の会社に転売され、1999年にはウィザーズ・オブ・ザ・コースト自体がハズブロに買収されました。TSRのブランド名は数年間は存続しましたが、後に消滅し、商標も失効しました。

TSRの遺産：ゲーム業界への貢献

TSRは、D&Dという画期的なRPGを生み出し、ゲーム業界に多大な影響を与えました。D&Dは、その後のRPGの原型となり、ファンタジーの世界観やストーリーテリングの手法を確立しました。また、TSRはD&D以外にも、数多くのゲームや小説を出版し、ゲーム文化の発展に貢献しました。TSRの歴史は、ゲーム業界の隆盛と変遷を象徴するものであり、その遺産は今もなお、多くのゲームファンに愛され続けています。

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