United Devices Cancer Research Project

UDがん研究プロジェクト（United Devices Cancer Research Project）

UDがん研究プロジェクトは、「grid.org」としても知られる、かつて実施されていた大規模な分散コンピューティングプロジェクトです。2001年に開始され、米国中央時間2007年 4月27日正午をもってその活動を終了しました。

プロジェクトの目的と仕組み

このプロジェクトの主目的は、白血病やがんの治療薬の研究開発を計算科学の力で加速させることでした。過去には、天然痘や炭疽菌、さらにはプロテオーム解析（「ロゼッタ」という解析名で知られる）の治療薬開発にも貢献しています。

その基本的な仕組みは、参加者が自身のパーソナルコンピューターにインストールした「UD Agent」という専用アプリケーションを利用することにありました。このアプリケーションは、コンピューターがアイドル状態にある際のCPUの余剰処理能力を活用します。具体的には、がんの進行に関連する特定のタンパク質と、そのタンパク質の機能を阻害する可能性を持つ多数の候補分子との「相性」を計算によって検証しました。これはバーチャルスクリーニング（仮想のふるい分け）とも呼ばれる手法です。多数の候補分子の中から、効果的な薬剤となりうる可能性のあるものを絞り込む作業を、世界中の参加者のコンピューターパワーを結集して行うものです。この計算時には、CPU使用率がほぼ100%に達することが一般的でした。

医薬品開発、特に抗がん剤の分野では、コンピューターを用いたシミュレーションが重要な役割を果たしており、慢性骨髄性白血病の特効薬として注目された分子標的薬剤「グリベック」なども、こうしたアプローチから生まれています。

分子とタンパク質の相性診断

UD Agentが行う分子とタンパク質の相性診断では、主に以下の3つの条件が考慮されました。

立体構造: 分子とタンパク質の大きさや形が合うか。
電気的性質: 分子がプラスまたはマイナスの電荷を持つ場合、タンパク質との間で電気的な反発や引き合いが生じないか。
* 疎水的性質: 分子が水になじみやすい（親水性）か、油になじみやすい（疎水性）か、という性質がタンパク質の特定の部位と適合するか。

UD Agentは、薬候補分子がタンパク質の特定の結合部位（鍵穴のようなもの）にどのように収まるかを、様々な角度や位置でシミュレーションします。大きさが違えば収まらず、同じ電気的性質を持つと反発し、親水性と疎水性のように相性の悪い性質同士でも適合しません。こうした条件を満たし、うまく結合しそうな候補が見つかると、それは「hit」としてカウントされ、プログラム画面に表示される仕組みでした。

世界的な参加と競争

プロジェクト参加者は、自身のコンピューターがどれだけの解析処理量を貢献したかを確認でき、プロジェクト全体における自身の貢献順位を把握することができました。また、任意のチームに所属することが可能で、チームごとの成績や所属国ごとの成績も閲覧できたため、チーム間や国家間で「リザルツ」（提出回数）を競い合うという楽しみ方がありました。

プロジェクト開始当初は、貢献したポイントに応じて欧米版のPlayStation 2が参加者に贈られるというインセンティブがありましたが、参加者数の爆発的な増加に伴い、このシステムは後に廃止されています。

プロジェクトの終了と残された記録

米国中央時間2007年 4月27日正午、UDがん研究プロジェクトはその活動を終了しました。最終的に、プロジェクトには世界228の国と地域から、延べ1,341,217人が参加し、3,734,757台のコンピューターが接続されました。これらのコンピューターが貢献した累積解析時間は、実に50万5,049年097日15時間14分34秒という膨大な量に達しました。

特筆すべき日本の貢献：Team 2ch

この世界規模のプロジェクトにおいて、日本のインターネット匿名掲示板群である2ちゃんねるの各板のメンバーによって結成された「Team 2ch」は、プロジェクト期間中を通じて常に世界第一位の解析貢献量を維持し続けました。プロジェクト終了段階でのチームメンバー数は6万6720名（終了時メンバー数6万3291名）に上り、リザルツ（提出回数）は3332万6578回、獲得ポイントは69億6889万1061ポイント、CPUTime（解析時間）は4万207年97日16時間13分9秒を記録しました。これら全ての指標において、Team 2chは世界第一位という驚異的な成果を残しています。

Team 2ch内部には、2ちゃんねるの様々な板ごとに独自のサブチームが作られ、チーム内での競争を煽ることで参加者を増やし、活動を維持するユニークな運営が行われていました。それぞれの板の文化に応じた独特な表現で、プロジェクトへの参加が呼びかけられていました。

国別の最終順位では、日本はリザルツ、ポイント、解析時間のいずれにおいてもアメリカ合衆国に次ぐ世界第2位となりました。メンバー数ではアメリカ、イギリスに次ぐ第3位でした。

プロジェクトの主催者

UDがん研究プロジェクトのシステム開発は、アメリカのUnited Devices社が行いました。現在の研究主体は、イギリスのオックスフォード大学化学部と、アメリカのがん研究国立基金が担っています。