アジール

アジールとは

アジール（Asyl, asile, asylum）は、「聖域」「自由領域」「避難所」「無縁所」などと訳される、歴史的・社会的な概念です。古代ギリシア語の「ἄσυλον（ásylon：侵すことのできない、神聖な場所）」を語源とし、おおむね「統治権力が及ばない地域」を指します。現代の法制度で例えるなら、在外公館のような治外法権が認められた場所に似ています。

歴史的背景

当初、統治権力が存在しなかった時代には、全ての場所がアジールでした。しかし、統治権力が支配領域を拡大するにつれて、その支配を受けない場所が点在するようになり、これが歴史研究におけるアジールの概念として注目されるようになりました。

アジールとされた場所には、教会、神社、仏閣などの宗教的聖地や、市場のような複数の権力が交錯する自由な交易場所がありました。また、武力を持つ統治権力に対抗する「自治都市」もアジールとしての性質を持つことがありました。アジールは単に「統治権力が及ばない地域」というだけでなく、「大きな統治権力と小さな統治権力がせめぎ合った結果、大きな統治権力の実効支配が否定された地域」と捉えることもできます。これは、統治権力が統合されていく過程で生じた過渡的な現象と言えるでしょう。

アジールの変遷

大きな統治権力から見ると、アジールは自らの力が及ばない好ましくない場所でした。そのため、統治権力はアジールを支配しようと試みました。力による制圧のほか、自治権を認めたり、寺社を庇護することでアジールを懐柔し、結果的にアジールとしての性質を失わせることもありました。このような圧力により、アジールは徐々に狭められていきました。近代国家においては、隅々まで統治権力が及ぶため、アジールは原則として存在しません。しかし、外国の大使館など在外公館の内部は治外法権が認められているため、アジールに近い存在と言えます。

日本におけるアジール研究

日本におけるアジール研究は、歴史学者の平泉澄が先鞭をつけました。平泉は「アジールは人類発達の或る段階に於て、一般に経験する所の風習又は制度」と述べています。この考えは、中田薫、網野善彦、伊藤正敏らに引き継がれ、何をアジールと認識すべきか、アジールを支えてきた制度がどのように変遷してきたのかが徐々に明らかになってきています。

関連用語

アジール権
聖域、サンクチュアリ
逃れの町
駆込寺
寺社勢力
聖域都市
公有地
共有地

参考文献

網野善彦『無縁・公界・楽 : 日本中世の自由と平和』（増補）平凡社〈平凡社ライブラリー〉、1996年。ISBN 4-582-76150-X。
伊藤正敏『寺社勢力の中世 : 無縁・有縁・移民』筑摩書房〈ちくま新書〉、2008年。ISBN 978-4-480-06435-6。
* 伊藤正敏『アジールと国家 : 中世日本の政治と宗教』筑摩書房〈筑摩選書〉、2020年。ISBN 978-4-480-01687-4。

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