オウギハクジラ

オウギハクジラ

オウギハクジラ（学名：Mesoplodon stejnegeri）は、クジラ偶蹄目に属するハクジラ亜目のうち、アカボウクジラ科オウギハクジラ属に分類される比較的小型のクジラです。

分類と発見の歴史

本種は1885年にレオナード・ヘス・ステイネガー氏が頭骨の標本を基に報告しました。しかし、その後の約1世紀にわたり、詳しい生態や外観についてはほとんど知られていませんでした。1970年代後半になって、海岸への座礁（ストランディング）例がいくつか報告されるようになりますが、損傷の少ない個体に基づいて詳細な外観が確認されたのは、1994年になってからのことです。

呼称

学名の種小名であるstejnegeriは、本種の存在を初めて報告したステイネガー氏に敬意を表して名付けられました。英名としては、特徴的な牙に由来する「Saber-toothed Whale」（サーベル歯クジラ）がよく知られています。その他にも、主な生息地の一つにちなんで「Bering Sea Beaked Whale」（ベーリング海のカワゴンドウ）とも呼ばれます。

形態

成体の体長は、雄で少なくとも5.3メートル、雌で5.5メートルに達すると報告されています。生まれたばかりの個体は、体長が2.1メートルから2.3メートル程度と推定されています。オウギハクジラの体型はオウギハクジラ属としては典型的で、細長く、頭部と尾部に向かって徐々に細くなる流線形をしています。頭部のメロン器官はヘルメットのような形状を呈しています。口吻はオウギハクジラ属の中では平均的な長さですが、唇のラインは弧を描くものの、他の近縁種と比較すると直線的な傾向が見られます。

最も目を引く形態的特徴は、成体雄の下顎に生えている巨大な2本の牙です。これらの牙は非常に目立ち、バハモンドオウギハクジラやヒモハクジラの牙よりは短いものの、他のオウギハクジラ類に比べて長く、やや前方に傾いて生えています。体色は通常、濃い灰色からほとんど黒に近い色で、腹側はやや明るい色調です。体色は年齢とともに濃くなる傾向があります。雌の尾の腹側には明るい模様があり、この模様も年齢を重ねるにつれてより鮮明になってきます。他のオウギハクジラ類と同様に、成体雄の体表には、他の雄との闘争によってできた噛み傷が多数見られることが多いです。雌雄ともに、サメの一種であるダルマザメによる咬み跡が見られることもあります。

生態

他の多くのオウギハクジラ属の種と同様に、オウギハクジラの生態についてはまだ不明な点が多く、詳しいことは十分に解明されていません。通常は3頭から4頭程度の小さな群れを形成して行動することが観察されていますが、時には15頭ほどの比較的大きな群れを作ることもあります。これらの群れは、年齢や性別によって構成が分かれている可能性が示唆されています。成体雄同士の間に争いが見られることは珍しくないと考えられています。実際に、顎の骨を骨折し、それが自然に治癒した痕跡を持つ個体も複数発見されています。興味深い生態行動として、日本海において、親子と思われる個体が連続してジャンプ（ブリーチング）する様子が撮影された記録があります。

生息域と生息数

オウギハクジラは、北太平洋に分布するオウギハクジラ属の中では最も高緯度域に生息する種です。その生息域は、北太平洋の温帯から亜寒帯にかけての比較的冷たい水域、具体的には陸棚周辺や外洋に広がっており、北はベーリング海まで確認されています。南限としては、西太平洋では日本の宮城県沖あたり、東太平洋ではアメリカ合衆国カリフォルニア州のモントレー湾あたりまでとされています。冬季にはより南方の海域へ移動する可能性が考えられており、実際に日本海の南部でも発見された記録があります。本種は、日本海において比較的普遍的に生息する唯一のオウギハクジラ属であり、特に新潟県の佐渡島周辺や富山湾での記録が多く見られます。日本列島周辺での記録はほとんどが日本海に集中しており、北太平洋側での記録は限られています。

保護

オウギハクジラの正確な全生息数は、他のオウギハクジラ類と同様に不明です。国際自然保護連合（IUCN）のレッドリストでは、現時点では「NT」（Near Threatened：準絶滅危惧）に分類されています。日本では過去に小規模ながら捕鯨の対象となった記録がありますが、現在ではそうした活動は行われていません。しかし、漁業における刺し網などによる混獲が報告されており、これが本種の安定的な生息にどの程度影響を与えているのかについては、まだ明らかになっていません。

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