カイネウス

カイネウス（古希: Καινεύς）は、古代ギリシアのテッサリアー地方に住むラピテース族の王として知られる人物です。彼の系譜にはいくつかの伝承があり、エラトスの子とされるのが一般的ですが、コローノスやアトラクスの子とする説も存在します。カイネウス自身はアルゴナウタイの一員であるコローノスの父であり、トロイア戦争の英雄レオンテウスの祖父にあたるとされています。

性転換と不死身の肉体

カイネウスの最も特異な点は、彼がもともとカイニス（古希: Καινίς）という名の女性であったことです。神話によれば、カイニスはテッサリアーで並ぶ者のない美しさを誇っていましたが、多くの求婚者を退けていました。ある時、海神ポセイドーンとの出会いが彼女の運命を大きく変えます。

詩人オウィディウスの叙事詩『変身物語』では、カイニスが海岸でポセイドーンに襲われた後、その償いとしてどんな願いでも叶えると言われた際、二度とこのような目に遭わないように男に変えてほしいと願ったと語られています。ポセイドーンは彼女の願いを聞き入れ、カイニスは男性カイネウスへと姿を変えました。さらに、彼はこの時、傷つくことのない不死身の肉体を与えられたとされています。

別の伝承では、ポセイドーンはカイニスに求愛し、彼女がその愛を受け入れる代わりに、絶対に傷つかない不死身の男にしてくれるよう願ったという説もあります。いずれの説においても、カイネウスはポセイドーンの力によって性別を変え、並外れた頑丈さを手に入れたとされています。

神話における活躍

男性となったカイネウスは、ラピテース族の王として統治し、宿敵であるケンタウロス族としばしば戦いを繰り広げました。彼はまた、ギリシア神話における重要な冒険に参加したとも伝えられています。巨大な猪を退治したカリュドーンの猪狩りや、イアソーン率いるアルゴー船の遠征に参加したとする説もあります。彼の不死身の力は、これらの戦いや冒険において大きな助けとなったことでしょう。

神々への冒涜と最期

しかし、その不死身の力ゆえか、カイネウスは次第に傲慢になり、神々に対する不敬な態度をとるようになります。歴史家アクーシラーオスによれば、彼は広場に自身の槍を立て、それを新たな神として崇拝するよう人々に命じました。この行為は神々の怒りを買い、特に最高神ゼウスはカイネウスの振る舞いに恐怖を感じ、彼を罰することを決めます。

ゼウスはカイネウスを倒すために、ケンタウロス族を差し向けました。カイネウスとケンタウロス族の最後の戦いは、ラピテース族の王ペイリトオスとヒッポダメイアの結婚披露宴の最中に起こった大乱闘の一部として描かれることが多いです。この宴には多くの英雄やケンタウロス族が招かれていましたが、酒に酔ったケンタウロス族が花嫁らを奪おうとしたことから戦闘が勃発しました。カイネウスは英雄たちと共に奮戦しましたが、彼の不死身の肉体には武器が一切通用しませんでした。

ケンタウロス族は武器でカイネウスを倒せないと知ると、戦法を変えました。彼らは巨大な木々や岩を運び込み、それをカイネウスの上に次々と積み重ねて、彼を地面に打ち込み、窒息死させようとしたのです。預言者モプソスは、木々の山の中から一羽の金色の鳥が飛び立つのを見て、それが変身したカイネウスの魂であると語ったとされています。別の伝承では、カイネウスは地面に埋め込まれて窒息死した後に、その遺体が女性の姿に戻っていたという説もあります。

また、別の神話作家ヒュギーヌスは、カイネウスが自ら命を絶った（自殺した）という異なる最期の物語を伝えています。このように、カイネウスの物語、特に彼の性転換と最期については、複数の伝承が存在し、それぞれ異なる側面を描いています。

カイネウスの物語は、性別の変遷、不死身の力、そして神々への反抗とその結末を描いた、ギリシア神話の中でも特にユニークなエピソードの一つと言えるでしょう。彼の伝説は、後に多くの文学作品や芸術作品に影響を与えました。

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