エラトス

ギリシア神話において、「エラトス」（古希: Ἔλατος）という名を持つ人物は複数存在します。これらの同名異人は、それぞれ異なる系譜や物語に登場するため、文脈に応じて区別が必要です。主要な人物としては、アルカディアー地方の王アルカスの子、テッサリアー地方のラピテース族の一員、そしてケンタウロス族の一人などが知られています。

アルカスの子のエラトス

このエラトスは、アルカディアー地方の伝説的な王アルカスの子として生まれました。彼の兄弟には、アザーン、アペイダース、そしてアウトラオスがいました。彼はキニュラースの娘であるラーオディケーを妻に迎え、アイピュトス、ペレウス、キュレーン、イスキュス、ステュムパーロスといった五人の息子をもうけたと伝えられています。

アルカスが自身の王国を籤を用いて三分割した際、エラトスはキュレーネー山周辺の領地を得ました。旅行家パウサニアスの記録によれば、このキュレーネー山は、後にエラトスの息子であるキュレーンの名に由来するとも言われています。一説には、兄弟間での領地分割が行われた後も、王としての権威はエラトスが保持し続けたともされます（アポロドーロスによる記述）。

彼の物語には、軍事的な活動も含まれます。後にプレギュアース人がデルポイのアポローンの聖域を攻撃した際には、デルポイを守るために戦いに参加しました。戦いが終わった後も、彼は生まれ故郷であるアルカディアーには戻らず、ポーキス地方に移り住むことを選びました。そして、その地で自らの名を冠した都市、エラティアを建設したとされています。これは、彼がアルカディアー王国の枠を超えて新たな基盤を築いたことを示唆するエピソードです。

ラピテース族のエラトス

このエラトスは、テッサリアー地方に居住していたとされるラピテース族の一員です。彼はアンティッポスの娘ヒッパイアを妻とし、ポリュペーモスという息子をもうけました。このポリュペーモスは、後に英雄イアーソーンが率いた金羊毛探しの冒険、通称アルゴナウタイの一員として名を連ねています。

さらに、このエラトスは他の著名な人物の父としても語られることがあります。例えば、不死身の力を授けられた英雄カイネウスの父や、トロイア戦争後のテッサリアー王モプソスの父である予言者アムピュクスの父とも伝えられています。彼の系譜は、テッサリアー地方の英雄伝や神話に深く関わっていると言えるでしょう。

ケンタウロス族のエラトス

もう一人のエラトスは、半人半馬の姿を持つケンタウロス族の一人です。彼の物語は、英雄ヘーラクレースがミュケーナイ王エウリュステウスに課された十二の難行の一つ、エリュマントスの猪捕獲の際に展開されます。ヘーラクレースに追われた猪は、マレアー岬に隠棲していた賢明なケンタウロス、ケイローンのもとへと逃れました。多くのケンタウロスたちがケイローンの隠れ家に集まりましたが、ヘーラクレースは彼らに向かってヒュドラーの毒を塗った矢を放ちました。

この時放たれた矢の一本が、エラトスの腕を貫通しました。そしてさらに不運なことに、その矢はそのまま進んでケイローンの膝に命中してしまったのです。不死身であったはずのケイローンは、ヒュドラーの猛毒によって激しい苦痛に苛まれることとなりました。彼はこの苦しみから逃れるため、 ultimately プロメーテウスに自身の不死を譲り渡したとされています。エラトスは、このケイローンの悲劇的な運命に間接的に関与した人物として記憶されています。

その他のエラトス

上記主要人物の他にも、エラトスという名を持つ人物が神話には散見されます。

一人は、エウアニッペーという女性の父として知られています。エウアニッペーはアルゴス七将の一人ヒッポメドーンの妻となり、テーバイ攻めの後世代であるエピゴノイの一人、ポリュドーロスの母となりました。
また、ペロポネーソス半島のラコーニア地方にある最南端の岬、タイナロン岬の名の由来となったとされるタイナロスという人物の父もエラトスと呼ばれています。
* ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』において、オデュッセウスの妻ペーネロペーに求婚した多数の若者たちの一人にも、エラトスという名が見られます。

このように、「エラトス」という名前はギリシア神話の様々な場面で用いられており、その多様な登場人物を通して、神話の広がりと複雑さを垣間見ることができます。それぞれの物語や系譜を正確にたどることで、初めてその人物が持つ固有の意味や役割が明らかになります。

もう一度検索