ラピテース族

ラピテース族（ラピタイ）

概要

ラピテース族は、古代ギリシア神話に語られる半神話的な民族で、テッサリアー地方、特にペーネイオス川の流域に広がる平野部や、オッサ山、ペーリオン山の山岳地帯を主な居住地としていました。複数形ではラピタイ、英語ではラピタとも呼ばれます。一般的には、古代ギリシア人の中で独自の文化や特徴を持つ一派であったと考えられています。彼らは類まれな武勇を誇り、しばしば「槍をふるうラピタイ族」と称されました。神話上、彼らはしばしば野蛮とされるケンタウロス族と敵対関係にありました。

この部族からは、イクシーオーン、プレギュアース、ペイリトオス、カイネウス、ポリュペーモスといった、ギリシア神話における有名な英雄たちが輩出されました。しかしながら、これらの英雄たちは時として向こう見ずな振る舞いをしたり、敬神の念に欠ける一面を見せることもありました。特にイクシーオーンとプレギュアースは、神々に対する冒涜的な行為によって冥府で永遠の罰を受けていると伝えられています。

ラピテース族に関連する最も有名な神話的な出来事は、ペイリトオスの結婚披露宴で起こったケンタウロス族との壮絶な戦いです。この戦いは「ケンタウロマキアー」と呼ばれ、その劇的な場面は古代ギリシア時代から現代に至るまで、数多くの芸術作品の主題として描かれてきました。特にアテーナイのパルテノン神殿のメトープ（帯状装飾彫刻）に刻まれた彫刻群は有名であり、ルネサンス期以降も西洋絵画の重要な画題の一つとなっています。

ラピテース族は、英雄イアーソーン率いるアルゴー船のコルキス遠征や、ホメーロスが叙事詩『イーリアス』で描いたトロイア戦争といった、ギリシア神話における重要な叙事詩的な冒険や戦争にも参加しており、その存在はギリシア世界全体に知られていたことがうかがえます。

起源と系譜

ラピテース族の起源に関する神話的な伝承は、河神ペーネイオスに遡ります。ペーネイオスとその妻クレウーサの間には、ヒュプセウスとスティルベーという二柱の子が生まれました。スティルベーは光明神アポローンとの間に、ラピテースとケンタウロスという二人の子をもうけたとされます。このうちのラピテースが、ペーネイオス川のほとりに定住し、その地の王となりました。以来、この地域の住民はラピテースにちなんでラピテース族と呼ばれるようになったといわれています。

ラピテース王にはポルバースとペリパースという息子がおり、どちらもラピテース族の王位を継承しました。ポルバースは後に招きに応じてエーリス地方に移り住み、伝説的な王アウゲイアースやアクトールをもうけました。一方、テッサリアー地方に留まったペリパースには八人の子が生まれ、その長男アンティオーンがペリメーレー（アミュターオーンの娘）との間にイクシーオーンをもうけました。このイクシーオーンに関連する神話の中で、彼の不遜な行為の結果として、後にペイリトオスとケンタウロスが生まれたと語られています。ただし、ケンタウロス族の起源については、スティルベーとアポローンの子ケンタウロスに由来するという伝承もあり、複数の説が存在します。

勢力範囲と周辺部族

ラピテース族の勢力は、主にテッサリアー平原と周辺の山岳地帯に広がっていました。古代の地理学者ストラボーンによれば、テッサリアー平原はもともとペライボイ族の土地でしたが、イクシーオーンとペイリトオスの率いるラピテース族が進出し、ペライボイ族をペーネイオス川上流の内陸部やピンドス山脈方面に追いやったとされています。しかし、全てのペライボイ族が追放されたわけではなく、ラーリッサのような重要な都市は依然としてペライボイ族の支配下にあり、両部族が混在する地域も少なくありませんでした。ホメーロスは叙事詩『イーリアス』の中で、ラピテース族の王ポリュポイテース（ペイリトオスの息子）が率いた軍勢が、アルギッサ、ギュルトーネー、エーローネー、オルテー、オロオッソーンといった都市から集結したことを記しており、これらの都市はペーнейιος河流域を中心に、北はオリュンポス山麓にまで及んでいました。このように、ラピテース族はテッサリアー地方において確固たる勢力基盤を築いていました。

主な神話エピソード

イクシーオーンの伝説

ラピテース族の系譜に連なるイクシーオーンは、神話において数々の冒涜的な行為を行った人物として知られます。彼は自身の舅を殺害しただけでなく、最高神ゼウスの妻である女神ヘーラーを誘惑しようとしました。ゼウスは彼の不遜な意図を見抜き、雲でヘーラーの偽物を作り出してイクシーオーンに与えました。イクシーオーンはこの偽物との間に、ケンタウロスという名の存在をもうけたとされています。このケンタウロスが、後にテッサリアーの馬と人間の混血族であるケンタウロス族の祖となった、あるいはその名祖となったという伝承があります。イクシーオーンは最終的にゼウスの怒りを買って雷に打たれ、冥府で永遠に燃え盛る車輪に蛇で縛り付けられる罰を受けました。

ケンタウロスとの戦い（ケンタウロマキアー）

ラピテース族とケンタウロス族の間の敵対関係は、古くから語られてきました。ホメーロスの『イーリアス』では、老将ネストールが自身の若き日の武勇伝として、ラピテース族の王ペイリトオスや他の英雄たちと共にケンタウロス族と戦った経験を語っています。

この戦いの最も詳細な記述は、オウィディウスの『変身物語』に見られます。戦いは、ペイリトオス王と美しいヒッポダメイアの婚礼の日に勃発しました。ペイリトオスは親友であるアテーナイ王テーセウスをはじめ、ラピテース族の親族やテッサリアーの住民、そしてケンタウロス族を招待しました。しかし、酒宴の最中にワインで酔ったケンタウロスたちは理性を失い、会場の女性や若い男性たちを略奪しようと図りました。特に、最も粗暴なケンタウロスの一人であるエウリュトス（またはエウリュティオーン）は、花嫁であるヒッポダメイアを力ずくで連れ去ろうとしました。この行為が引き金となり、結婚式の会場は大混乱に陥りました。

ラピテース族は、花嫁や他の女性たちを守るため、また自分たちの名誉のために、ケンタウロス族と激しい戦闘を開始しました。彼らはテーセウスや、テッサリアー地方から招かれた他の英雄たちの助けも借りました。オウィディウスは、この壮絶な戦闘の様子を克明に描写しています。英雄たちは、時に素手や日用品を武器に、時に槍や剣を振るって、野蛮なケンタウロス族に立ち向かいました。テーセウスは酒甕でエウリュトスを打ち倒し、ペイリトオスは投槍で複数のケンタウロスを仕留めました。ドリュアースは焼き杭で多くのケンタウロスを殺しました。アキレウスの父ペーレウスもこの戦いに参加し、デーモレオーンを槍で討ち取りました。この戦いで、多くのケンタウロスが命を落とすか、テッサリアー地方から追放されました。不死身とされた英雄カイネウスだけは、ケンタウロスたちに木の幹で生き埋めにされてしまいましたが、その魂は鳥となって天に昇ったと伝えられています。

歴史的出来事への参加

ラピテース族の英雄たちは、ギリシア神話の主要な出来事にも関与しました。アルゴー船の冒険には、ラピテース族からポリュペーモス、そして系譜の伝承によってはカイネウスやコローノス、ポーコス、プリアーソスといった人物が参加したとされています。特にポリュペーモスは、ヘーラクレースの従者ヒュラースが泉のニュムペーに連れ去られた際にいち早く異変に気づいた人物として描かれています。ヒュラース捜索のためヘーラクレースと共にアルゴー号から離脱し、そのまま冒険には同行せず、後にキオス市を創建したと伝えられています。

また、『イーリアス』では、ペイリトオスの息子ポリュポイテースと、カイネウスの孫レオンテウスがラピテース族の軍勢を率いてトロイア戦争に参戦したことが記されています。これにより、ラピテース族はギリシア連合軍の一翼を担ったことがわかります。

文化と芸術への影響

古代ローマの詩人ウェルギリウスは、その著作『農耕詩』の中で、ラピテース族が優れた馬術の技を持っていたことに言及しています。彼らは手綱や馬場といった馬術に関する技術を考案し、人々に襲歩（ギャロップ）を教えたと伝えられています。これは、テッサリアー地方が古来より馬の産地として知られていたことと関連しているのかもしれません。

ラピテース族、特にケンタウロス族との戦いは、古くから彫刻や絵画など、様々な芸術形式の重要なモチーフとなりました。最も有名な例は、紀元前5世紀に建設されたアテーナイのパルテノン神殿南側のメトープに施されたレリーフ彫刻群です。これらの彫刻は、ラピテース族とケンタウロス族の激しい戦闘の場面を、躍動感あふれる表現で描いています。この主題は、ルネサンス期を経て近代に至るまで、多くの西洋画家によっても描かれ続け、芸術史における重要なテーマの一つとなっています。

ラピテース族は、単なる地方的な民族ではなく、その武勇、個性的な英雄たち、そして特にケンタウロス族との劇的な対立を通じて、ギリシア神話の世界において鮮烈な印象を残した存在と言えるでしょう。

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