スティールパン

スティールパン（Steelpan）

スティールパンは、ドラム缶を材料として作られた、音階を持つ打[[楽器]]です。カリブ海に浮かぶトリニダード・トバゴ共和国で発明され、その独特の倍音を含んだ音色が世界中の人々を魅了しています。

構造

スティールパンは、ドラム缶の底をすり鉢状に成形し、その表面に音盤を作ることで音階を生み出します。演奏者は、先端にゴムを巻いたバチ（マレット）でこの音盤を叩き、音盤と胴体部を振動させて音を奏でます。

一般的に、55米ガロン（210リットル）のドラム缶が使用されます。材料となるドラム缶は、産業廃棄物として出たものや、楽器専用に製造されたものが用いられます。スティールパンの製造は、工業的な量産が難しく、現在でも職人の手作業によって一つ一つ丁寧に作られています。また、調律には専門的な知識と技術を持つ調律師（チューナー）が必要とされ、高度な技術と経験が求められます。

名称

スティールパンは、アメリカやヨーロッパでは「スティールドラム（Steel Drum）」と呼ばれることが多いですが、トリニダード・トバゴでは「スティールパン（Steelpan）」、または単に「パン（pan）」と呼ばれるのが一般的です。日本では、「スティール」を「スティール」と「スチール」のどちらで発音するかによって呼び方が異なり、統一されていません。

用例

スティールパンは、スティールバンドと呼ばれる、スティールパンを中心とした音楽グループで演奏されることが一般的です。また、ポピュラー音楽においても、その特徴的な音色を生かしたアレンジで伴奏に使われることがあります。

トリニダード・トバゴの首都ポートオブスペインで毎年開催されるカーニバルは、世界三大カーニバルのひとつとして知られていますが、スティールパンはこのカーニバルに欠かせない楽器です。パレードでは、「ボート」と呼ばれるオープントレーラーの上で演奏しながら街を周回する姿が見られます。カーニバル期間中には、スティールバンドのコンテスト「パノラマ（Panorama）」が開催され、大小100組以上のバンドが参加し、国内外から注目を集めています。特に、大規模なバンドであるラージバンドには100名ものスティールパン奏者が参加し、この日のために練習した迫力のある演奏を披露します。

歴史

19世紀半ば、トリニダード・トバゴを占領していたイギリス政府は、黒人たちによるドラムの使用を禁止しました。そのため、彼らは竹の棒を地面に打ち付けたり、叩いたりして音を出す「タンブー・バンブー」をドラムの代わりに使用しました。しかし、1937年にタンブー・バンブーの使用も禁止されると、人々は身近にあったビスケットなどの缶を楽器として使い始めました。1939年、ウインストン・スプリー・サイモンが、ぼろぼろになったドラム缶を直そうとした際、叩く場所によって音が違うことに気づき、スティールパンの原型となるものを作り出しました。当時、それは「ピンポン（Ping Pong）」と呼ばれていました。その後、エリオット・エリー・マネット、ネヴィル・ジュレス、バーティー・マーシャル、アンソニー・ウィリアムズ、ルドルフ・キング・チャールズなどの人々が改良を加え、スティールパンを発展させてきました。

トリニダード・トバゴ独立後、アメリカやイギリスなどの先進国への移民が奨励されたことで、スティールパンは世界中に広まりました。1960年代以降、多くのスティールバンドが北中米を中心にワールドツアーを行いましたが、当初は「南国の珍しい楽団」として認識される程度でした。しかしその後、楽器自体の発展とともに演奏技術や音楽性が向上し、ジャズやクラシックのイベントにも招待されるようになりました。1970年代後半からは、カリプソやソカの録音に参加したり、ソロとしてレコードを発売するプレイヤーも現れました。また、ヴァン・ダイク・パークス、ジョン・レノン、グローヴァー・ワシントン・ジュニア、ザ・ビーチ・ボーイズなどの著名なミュージシャンがスティールパンを楽曲に取り入れたことで、世界的に有名な楽器となりました。

このような発展から、スティールパンは「20世紀最後にして最大のアコースティック[[楽器]]発明」と呼ばれるようになり、1992年にはトリニダード・トバゴ政府によって正式に「国民楽器」に認定されました。

種類

スティールパンには、音域によって様々な種類があります。

テナーパン（ソプラノ）/tenor：最も高い音域を担当し、主にメロディーを演奏します。音域は2オクターブ以上あります。ドから始まるロウテナーパン(lowtenorpan)とレから始まるハイテナーパン(hightenorpan)があります。
ダブルテナー/Double tenor
ダブルセコンド/Double second
ダブルギター/Double guitar
クアドロフォニック/Quadrophonic
トリプルギター/Triple guitar
チェロパン/Cello
シックスパン（チャリオット）/Six pan
テナーベース/Tenor bass
シックスベース/Six bass
ナインベース/Nine bass
トゥエルヴベース/12

日本におけるスティールパン

日本では、1960年代に独楽芸人の筑紫こま鶴が持ち込んだものが最初とされています。1970年代後半からは、細野晴臣が楽曲に使用したほか、1980年に発表された郷ひろみのシングル曲「セクシー・ユー」で演奏されたことがきっかけで、一般にも知られるようになりました。大阪万博、沖縄海洋博では、カリブ文化の紹介としてトリニダード・トバゴからバンドが招聘され、演奏を披露しました。

プロミュージシャンとして、日本で最初に本格的にスティールパンに取り組んだのはヤン富田です。1980年代を中心に奏者として活躍した後、田村玄一、大野由美子らと共にASTRO AGE STEEL ORCHESTRAを結成し、1994年にトリニダード・トバゴでの録音を含むアルバム『HAPPY LIVING』を発売しました。1990年代になると、その印象的な音色からテレビ番組やコマーシャルなどで使用されることも多く、一般的に耳にする機会が増えました。1990年発売のスーパーファミコン用ゲーム『スーパーマリオワールド』では、メインテーマ曲がスティールパンを模した電子音で演奏されました。

宮崎県のシーガイアでは、長期に渡りTrinidad Showboat Steelbandの演奏が行われ、参加した演奏家の一部は、現在でも日本で演奏・指導などの活動を行っています。1995年には、トリニダード・トバゴより招いたRenegades Steel Orcestra（レネゲイズ）のブライアン・ブルーマント指導の下、富山県福野町（現南砺市）にて日本初の市民スティールオーケストラであるスキヤキ・スティールオーケストラが結成されました。

原田芳宏率いるパノラマスティールオーケストラや、土生Tico剛・田村玄一が参加するLITTLE TEMPOは、ワールドミュージックという枠にとらわれず、クラブやロックフェスといったシーンに受け入れられ、スティールパンの知名度を上げる大きなきっかけとなりました。そのほか、町田良夫、山村誠一、上々颱風などといったアーティストによって取り組まれるとともに、WAIWAI STEEL BANDなど、全国各地でプロやアマチュア演奏家によるスティールバンドが結成されています。また、武満徹の『系図 ―若い人たちのための音楽詩―』（1992年）や「フロム・ミー・ホワット・ユー・コール・タイム」（1990年）では重要な打[[楽器]]として扱われるなど、現代音楽の邦人作品にも登場するようになっています。

トリニダード・トバゴ出身のマイケル"マニッシュ"ロビンソンや生田明寛など、日本で活動するスティールパン製作者も登場し、多くの演奏者が彼らの製作した楽器を使用しています。1990年代から楽器の輸入・製作販売を行い、日本人製作者の草分けとして活躍した園部良は、2016年にスティールパン製作からの撤退を発表し、以後はハンドパンの製作に移行しました。

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