ダーティ・ワーク

ローリング・ストーンズ『ダーティ・ワーク』：バンド内対立と悲劇が交錯した問題作

1986年発表のローリング・ストーンズのアルバム『ダーティ・ワーク』は、バンドの複雑な歴史において重要な位置を占める作品です。商業的には全英、全米ともに4位を記録するなど成功を収めましたが、その裏には、バンドメンバー間の深刻な不協和音や、悲劇的な出来事が影を落としていました。

メンバー間の確執と制作過程

本作は、ストーンズとCBSレコードとの新たな契約下で制作された最初のアルバムでした。しかし、この契約締結を巡り、ミック・ジャガーとキース・リチャーズの関係は既に険悪化していました。特に、ジャガーがソロ活動に専念するあまりバンド活動をおろそかにしたことで、リチャーズの不満は爆発寸前でした。この対立は楽曲制作にも大きな影響を与え、ジャガーとリチャーズの共同作業は難航。ロン・ウッドの協力を得ながらアルバム制作を進めることになり、結果としてウッドが4曲の作曲にクレジットされることになりました。

リチャーズの怒りが最も顕著に現れているのは「ファイト」という楽曲です。この曲の歌詞には、ジャガーへの激しい怒りが露骨に表現されています。ジャガーがスタジオを突然出て行ったことに対するリチャーズの怒りが、そのまま歌詞になったと伝えられています。また、ジャガーはソロ・アルバム『シーズ・ザ・ボス』のプロモーションに忙しく、レコーディングセッションを多く欠席したため、事実上、リチャーズが中心となってアルバム制作は進められました。本作では、リチャーズがリードボーカルを務める楽曲が2曲収録されていますが、これはストーンズのアルバムにおいて画期的な出来事でした。さらに当初は3曲目のリチャーズリードボーカル曲が収録される予定でしたが、最終的に別の楽曲に差し替えられました。

プロデューサーには、当時最先端のサウンドで知られていたスティーヴ・リリーホワイトが起用されました。しかし、リリーホワイトが手がけたサウンドはストーンズ従来のサウンドとは異なるものであり、特にスネアドラムに施された強いエフェクトは、多くのファンに違和感を与えました。皮肉なことに、流行に敏感なジャガーではなく、ストーンズのルーツに忠実なリチャーズが中心となって制作された本作が、最も80年代らしいサウンドを持つアルバムになったのです。

悲劇と追悼

アルバム発表直前の1985年12月12日、バンドは大きな悲劇に見舞われます。バンド結成時からのメンバーで、ピアノ演奏とロードマネージャーを務めていたイアン・スチュワートが心臓発作で急逝したのです。スチュワートはバンド内の人間関係調整役として重要な役割を果たしており、その死はメンバーに大きな衝撃を与えました。アルバムには、スチュワートが演奏した「キー・トゥ・ハイウェイ」が隠しトラックとして収録され、またアルバムのクレジットには彼への追悼文が記されています。

アルバムの評価とその後

『ダーティ・ワーク』は、商業的には成功を収めたものの、批評家やファンからは厳しい評価を受けました。特に「ウィニング・アグリー」は、80年代的なサウンドが過剰であると批判されました。ローリングストーン誌は、ジャガーのソロアルバムと本作を、80年代におけるストーンズのアイデンティティの危機を示すものとして評しました。メンバー自身も本作を高く評価しておらず、ジャガーは「大したことない」と発言したと伝えられています。しかし、リチャーズは本作の出来栄えに満足していると語っています。

本作は、2002年発表のストーンズのベスト盤『フォーティ・リックス』には収録されていませんでした。その後も、幾度かリマスター版がリリースされ、日本限定のSACD版なども発売されています。また、小説家の糸山秋子は、ストーンズを題材とした短編集に本作のタイトルを冠した作品を発表しています。

『ダーティ・ワーク』は、商業的な成功にもかかわらず、バンド内対立、メンバーの急死といった様々な出来事が複雑に絡み合った、ローリング・ストーンズのアルバムの中でも異質な存在と言えるでしょう。

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