テクニーク

ニュー・オーダーの代表作『テクニーク』：イビサ島から生まれたテクノサウンドとロック魂

1989年、イギリスのバンド、ニュー・オーダーは5枚目のスタジオアルバム『テクニーク (Technique)』を発表しました。このアルバムは、スペインのイビサ島にあるディスコ・アイランドでレコーディングされ、ファクトリー・レコードからリリースされました(カタログ番号:FACT 275)。

『テクニーク』は、ニュー・オーダーにとって大きな転換期を示す作品となりました。それまでの作品とは異なり、当時流行の最先端であったアシッド・ハウスの影響を強く受けた、テクノやダンスミュージック色が濃厚なサウンドが特徴です。躍動感あふれるリズムと、洗練されたシンセサイザーの音色が、リスナーをイビサ島の熱気に満ちたクラブへと誘います。

しかし、このアルバムが単なるダンスミュージックの追随にとどまらなかったのは、ニュー・オーダー特有のロック的な要素が色濃く残っていたからです。「ラン (Run)」など、ジョイ・ディヴィジョン時代を彷彿とさせるような、力強いギターリフとメロディーが印象的な楽曲も収録されており、バンドのルーツを忘れずに新しいサウンドに挑戦した姿勢が感じられます。この相反する要素の融合が、『テクニーク』の大きな魅力となっています。

アルバムからのシングルカット曲も大成功を収めました。「ファイン・タイム (Fine Time)」は全英シングルチャートで最高11位、「ラウンド・アンド・ラウンド (Round And Round)」は同21位を記録しました。特に「ラウンド・アンド・ラウンド」は、全米ビルボード誌のクラブ・プレイ・チャートで1位を獲得するなど、世界的なヒットとなりました。その後、「ラン」の新録音バージョン「ラン(2)」もリリースされ、チャート入りを果たしています。

『テクニーク』は、商業的な成功も収め、全英アルバムチャートで1位を獲得するという快挙を達成しました。これは、ニュー・オーダーにとって初のアルバムチャート1位であり、彼らのキャリアにおける重要なマイルストーンとなりました。しかし、この成功の裏には、複雑な事情もありました。

翌1990年には、シングル「ワールド・イン・モーション (World in Motion)」を発表した後、メンバーはそれぞれソロ活動を開始します。そして1992年、ニュー・オーダーの古巣であったファクトリー・レコードが倒産。皮肉にも『テクニーク』は、ファクトリー・レコードからリリースされた最後のアルバムとなりました。

『テクニーク』には、興味深いエピソードもいくつか存在します。2曲目「オール・ザ・ウェイ (All the Way)」のコード進行は、ザ・キュアーのヒット曲「ジャスト・ライク・ヘヴン (Just Like Heaven)」と酷似していることが指摘されています。ニュー・オーダーのメンバーは、これはザ・キュアーが過去に彼らの楽曲のコード進行を盗用した報復だと語っており、音楽界の確執を垣間見ることができます。

また、6曲目「ラン」は、アメリカのフォークシンガー、ジョン・デンバーから訴訟を起こされました。デンバーは、「ラン」のギターリフが自身の楽曲「悲しみのジェット・プレーン (Leaving on a Jet Plane)」と酷似していると主張し、ニュー・オーダー側は敗訴。2005年リリースのコンピレーションアルバム『シングルズ』では、「ラン」の作者にデンバーの名前がクレジットされることになりました。

さらに、アルバム制作中には、スティーヴン・モリスとジリアン・ギルバートが楽曲の基礎を作り上げている間、バーナード・サムナーとピーター・フックがイビサ島で遊びほうけていたという噂が流れていました。真偽は定かではありませんが、この噂は、アルバム制作の裏側にある、成功と裏腹な複雑な状況を象徴しているのかもしれません。

『テクニーク』は、ニュー・オーダーの音楽性を象徴するだけでなく、1980年代後半から1990年代初頭にかけての音楽シーンの変遷、そしてバンドを取り巻く様々な出来事を凝縮した、重要な作品と言えるでしょう。アシッドハウス全盛期のイビサ島を舞台に制作された本作は、テクノサウンドとロック魂が見事に融合した、時代を超えて聴き継がれる名盤として、音楽史にその名を刻んでいます。

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