トド

トド：北太平洋の巨獣と人間社会の葛藤

トド( Eumetopias jubatus)は、アシカ科に属する大型の海洋哺乳類です。北太平洋とその沿岸地域、特にオホーツク海やベーリング海に広く分布し、北海道からカリフォルニア州南部まで生息が確認されています。繁殖地としては、アリューシャン列島、千島列島、プリビロフ諸島、カムチャツカ半島東部、アラスカ湾岸、そしてカリフォルニア州中部などが挙げられます。

大きさと特徴

オスのトドは最大で全長330cm、体重1120kgにも達し、アシカ科の中でも最大の種類です。メスはオスよりも小型で、全長は約290cmです。背面は淡黄褐色、腹面は黒褐色の体毛に覆われていますが、四肢（鰭）は黒く、体毛はありません。特にオスの成獣は、上半身が著しく肥大し、額が隆起し、後頭部にはたてがみのような長い体毛が生えています。この特徴的な外見は、学名 Eumetopias jubatus （広い額とたてがみを持つもの）にも反映されています。生まれたばかりの幼獣は、全長約1m、体重16～23kgで、黒褐色の体毛に覆われています。しかし、生後半年ほどで体毛が生え変わります。

生態

トドは岩礁海岸から20～30km以内の沿岸域に生息し、昼間は岩礁などに上陸して休息します。主な餌は、カサゴ、シシャモ、スケトウダラ、ヒラメ、メバルなどの魚類やイカ、タコなどの頭足類です。一方、シャチやネズミザメなどの大型捕食動物に襲われることもあります。繁殖期は5～7月で、オスは上陸して縄張りを形成し、数頭から数十頭のメスとハーレムを築きます。6月頃には1回に1頭の幼獣を産み、授乳期間は1～2年続きます。オスは生後3～4年、メスは生後3～6年で性成熟します。

人間との関係：漁業被害と保護の狭間

日本では、トドは長年漁業関係者から「海のギャング」と呼ばれ、嫌悪の対象とされてきました。網にかかった魚を奪ったり、漁具を破壊するなど、漁業に甚大な被害をもたらすためです。1992年以降、日本におけるトドによる漁業被害額は年間数十億円規模に達すると推定されています。被害は北海道日本海側で特に多く、近年では青森県でも発生しています。被害の多くは底刺網によるもので、全体の7割以上を占めます。

このため、日本政府は1959年からトドを駆除の対象としており、1994年以降は年間116頭の駆除頭数制限が設けられています。過去には、航空自衛隊や陸上自衛隊による駆除も行われたという歴史もあります。しかし、近年ではトドの生息数自体も減少傾向にあり、食物の減少や漁業との競合が原因と考えられています。

一方で、アメリカ合衆国やロシアではトドは保護の対象となっており、その保護と日本の駆除政策との間には大きな矛盾が存在します。1989年の推定生息数は約11万6千頭でしたが、2015年には約16万頭まで増加したと推定されています。しかし、日本の近海、特に根室海峡では、1970年代には3000～5000頭が回遊していたのが、2000年代には100～200頭に激減しています。この減少は、漁業資源の乱獲による魚自体の減少と、トドが漁網から魚を奪うことに慣れたことによる悪循環が原因の一つとして考えられています。

日本では、環境省がトドを準絶滅危惧種に指定している一方、農林水産省では漁業被害への対策として駆除を継続することが求められています。北海道、知床の世界遺産登録を機に、トドの駆除問題をめぐる議論はますます複雑化しています。

文化との関わり

「トド」という和名は、アイヌ語の「トント」（なめし革）に由来すると言われています。アイヌ語では「エタシペ」と呼ばれます。また、「トド岩」や「トド島」といった地名も各地に見られます。北海道では「トドカレー」が名物として知られており、一部の地域ではトドの肉を生食する文化も残っています。

このように、トドは生態学的にも、文化史的にも、そして社会経済的にも重要な意味を持つ動物であり、その保護と利用に関するバランスのとれた政策が求められています。

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