井上忠

井上忠

概要

哲学者・井上忠（1926-2014）は、古代ギリシア哲学を深く掘り下げつつ、哲学を言語や自然科学との関連の中で幅広く考察した研究者です。東京大学名誉教授として多くの後進を育成し、日本の哲学界に重要な足跡を残しました。

経歴

広島県呉市に生まれた井上氏は、旧制呉第一中学校、第一高等学校を経て、1945年に東京大学法学部政治学科に入学しました。これは戦時下の特例による早期卒業でした。法学部を卒業後、改めて文学部哲学科に進み、出隆のもとで古代哲学を専攻しました。大学院では特別研究生として研究を続けました。1957年からは東京大学教養学部に専任講師として着任。1967年には同僚の大森荘蔵氏の影響を受け、アメリカ合衆国へ留学。ハーバード大学のハーバード燕京研究所で客員研究員として研究活動を行い、G・E・L・オーエンやモートン・ホワイトといった著名な研究者たちと交流しました。帰国後の1968年は、大学紛争への対応に追われる日々を送りました。1987年に東京大学教養学部哲学教授を定年退官した後も、日本大学や聖徳大学で教鞭を執り続けました。1996年には長年の研究成果をまとめた論文「パルメニデス」により博士（学術）の学位を取得。2006年には瑞宝中綬章を受章しました。2014年9月20日、88歳で永眠されました。

研究と著作

井上忠は、古代ギリシア哲学、とりわけアリストテレスやパルメニデスの思想を主要な研究対象としました。しかし、その探究は古典の枠に留まらず、言語哲学や自然科学の最新の知見を積極的に取り込み、哲学を現代的な課題の中で捉え直そうとする試みでした。初期の代表作『根拠よりの挑戦 ギリシア哲学究攻』や『哲学の現場 アリストテレスよ、語れ』は、彼の独創的なアプローチを示すものです。特に1996年に博士号を取得した『パルメニデス』は、その長年の研究の集大成と言えるでしょう。また、『モイラ言語 アリストテレスを超えて』では、アリストテレス哲学を独自の言語論的視点から読み解いています。「哲学の刻み」と題された四巻シリーズでは、『性と死を超えるもの』『言葉に射し透されて』など、より身近で普遍的なテーマに哲学的な考察を加えています。晩年には『究極の探究 神と死の言語機構分析』を著し、根源的な問いを探究し続けました。専門的な研究書のほかにも、『西洋哲学史』や『倫理 愛の構造』といった、教育的な視点に立った編著書も多く手がけました。さらに、アリストテレス全集の一巻を翻訳したほか、現代思想家であるケン・ウィルバーやデヴィッド・ボームの著作、あるいは科学を平易に解説したルイス・キャロルの著作など、多様な分野の翻訳にも尽力し、幅広い知見を日本に紹介する役割も果たしました。その著作活動は、単なる古典研究者にとどまらない、学際的で開かれた姿勢を示しています。

結び

井上忠は、古典から現代に至る幅広い知を縦横に結びつけ、哲学を生き生きと探究し続けた思想家であり教育者でした。その業績は、日本の哲学研究に多大な影響を与えています。

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