古式ムエタイ

古式ムエタイとは

古式ムエタイ（ムエボーラン）は、現代のムエタイが競技化される以前に存在した、素手素足を主体とするタイの伝統的な格闘術です。競技化されたムエタイとは異なり、古式ムエタイはより実戦的な戦闘技術であり、武器術との関連性も深く、その歴史は古く、タイの文化と深く結びついています。

歴史

古式ムエタイの起源は明確ではありませんが、インドの格闘技カラリパヤットが伝わり、発展したと考えられています。伝説では、古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するラーマ王子が始祖とされていますが、これはあくまで伝説です。一説には、タイの戦争や白兵戦の中で、各民族の戦闘術が融合し、徐々に発展していったものと考えられています。

16世紀には、シャム（タイの旧称）がミャンマーの属領となっていた時代に、アユタヤー王朝のナレースワン大王が独立戦争で古式ムエタイを活用し、勝利を収めたという記録が残っています。この記録が事実であれば、古式ムエタイは少なくとも400年以上の歴史を持つことになります。

ナーイ・カノム・トムの伝説

18世紀には、アユタヤー王朝がミャンマーのコンバウン王朝に滅ぼされた際、ナーイ・カノム・トムという伝説的な古式ムエタイの戦士が登場します。彼はミャンマー軍の捕虜となり、その格闘技を披露させられますが、過酷な状況下でミャンマーの格闘家12人を打ち負かし、自由の身となってシャムへ帰還したと伝えられています。ナーイ・カノム・トムはタイの国民的英雄として、小学校の教科書にも登場するほどです。

近代

古式ムエタイは、かつては男性の強さを測る基準として、各地で盛んに行われていました。しかし、チャックリー王朝時代には、決闘による死者が続出したため、一時的に禁止されることもありました。20世紀に入ると、近代的なムエタイが誕生し、古式ムエタイは次第に衰退していきました。ただし、ミャンマーでは、古式ムエタイに近いムエカッチュアーという格闘技が、現在でも限定的に行われています。

2003年には、映画『マッハ!!!!!!!!』で主演のトニー・ジャーが古式ムエタイを使用し、再び注目を集めました。

技

古式ムエタイの技は、大きく分けて以下の4つに分類されます。

身を守るための技：防御を主体とした技。
基本技：基礎となる技。
メーマイ（母なる技）：応用技の基礎となる技。
ルークマイ（技の息子）：応用技。

また、古式ムエタイには、以下のような独特な名前を持つ技が存在します。

牙を突き合わせる象（チャーンプラサーンンガー）
ヤシの実を蹴る馬（マーディーットカローク）
鬼の都ロンカー（ランカー）を渡る猿王ハヌマン（ゴンハヌマーンカームローンカー）
指輪をささげる猿王ハヌマン（ハヌマンタワイウェン）
倒れる増上天（ウィルホッカッ）
跳ねる馬（アーチャーパヨン）
オノを振る雷神プラ・イン（インドラ）（ゴンラーマスーンコワンクワン）
ヤリを突き刺す（プンホーッ）
大木を裂く象（チャンチックマイ）

特徴

古式ムエタイの特徴として、武器術と素手の技術が同じ形で行える点が挙げられます。また、蹴り技は前蹴りや膝蹴りが多く、回し蹴りはほとんど使われません。これは、ルールによる制約がないため、隙や予備動作が少なく、つかまれたり投げられたりするリスクが少ない技が好まれたためです。

教本

古式ムエタイの教本としては、16世紀頃に書かれた『チュー・バサート』（戦勝論）が知られています。この書物には、刀や槍の術に加え、手足を武器とする格闘術が記されています。また、18世紀には、シー・サンペッチ8世スリエーンタラーティボーディー（虎王）の教本『虎王の指南書』が発刊されました。この書には、以下のような技が紹介されています。

はねかえされる光輝
足で顔をふく
エラワン象の首を折る
上下に運ぶ
矢を折るラーマ
仔牛を運ぶハヌマーン
風車に吹き付ける風
灯火を消す
Praram Yeab Longka（ランカーを攻めるラーマ）

流派

古式ムエタイには、地域ごとに異なる特徴を持つ多くの流派が存在しました。それぞれの流派は、構え、ワイクルー（儀式的な舞い）、技術などに独自の特徴を持っていました。ワイクルーは、互いの流派を確認する上で重要な役割を果たし、同門同士の対決は避けられました。教伝は、軍人が出家して僧となり、各寺院で行われました。

主な流派としては、以下のものがあります。

ムエ・コーラート（東北タイ）：イサーン式のワイクルーが特徴。
ムエ・チャイヤー（南タイ）：刀の構えと共通するジョド・ムエが特徴。
ムエ・パーックラ（バンコク拳法）：ボクシングの影響を受け、足幅が狭い構えが特徴。
ムエ・ロッブリー（ロッブリー拳法）：最古の古式ムエタイ。手足を大きく開く構えが特徴。
ムエ・マーヤーン（馬歩拳法）：片足を上げ、その側の手を腿につける構えが特徴。
ムエ・アユタヤ（アユタヤ拳法）：左手と肩を上げ、顔を防御する構えが特徴。

古式ムエタイは、タイの歴史と文化を色濃く反映した、貴重な武術遺産です。その技術と精神は、現代のムエタイにも受け継がれています。

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