地震雲

地震雲とは

地震雲とは、大きな地震が発生する前に、通常とは異なる奇妙な形の雲が現れると報告される現象です。この現象は、地震の前兆とされる様々な現象の中でも、人間の感覚に基づく宏観異常現象に分類されます。しかし、地質学的な現象と比較すると、科学的な根拠は曖昧であり、その存在を疑問視する見方も少なくありません。

地震雲に関する歴史

日本では、古くから大地震の予兆として、珍しい形や異様な形の雲が現れるという言説が伝えられてきました。これらの情報は、テレビや雑誌などのマスメディア、書籍、口コミ、インターネット（ウェブサイト、掲示板、SNS）など、様々な媒体を通じて広まっています。中には、注目を集めたり利益を得るために、これらの言説を利用する人もいます。

地震と気象、特に雲の関連性についての言説は、近代地震学が地震のメカニズムを明らかにする以前から存在していました。欧米では、地震の前は安定した暑い天気が続き、その後、強風や流れ星を伴う曇りの天候で地震が発生するという「地震天気 (earthquake weather)」の概念があります。この考えの源流には、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの地震観が見られます。

古代インドの天文学者・占星術士であるヴァラーハミヒラの著書『プリハット・サンヒター』には、地震の1週間前に特異な形の雲が現れ、大雨が降るとの記述があります。古代中国やイタリアでも、地震の前兆として普段とは異なる雲が挙げられていました。

日本においても、江戸時代中期の僧侶である明逸の著書『通機図解』に、太陽の近くに現れる雲の形から天気を予測する方法が図解されており、その中には、悪天候の前兆であり、それが起こらなければ地震が起こるとされる雲も記載されています。

福井地震を契機に、鍵田忠三郎は観天望気の延長で雲と地震の関係に着目しました。彼は、地震の「予知」を公表し、的中したと報じられ、1980年には、真鍋大覚が監修した『地震雲』という書籍を出版しました。しかし、1983年に気象庁は、これらの言説には科学的根拠がないと否定的な見解を発表しています。石渡明によれば、「地震雲」という言葉は、鍵田が考案し広めたとされています。

その後も、地震雲の形状を分類し、それと関連付けた震源の方角、地震までの日数を解説する書籍が出版されています。鍵田は、地震雲の形状を石垣状、レンズ状、点状、綿状、縄状、白蛇状、断層状などに分類しました。弘原海清は、兵庫県南部[[地震]]（阪神・淡路大[[震災]]）の後、地震雲を含む千件を超える前兆現象の証言を集めて出版しました。上出孝之は、地震雲の形状を断層型、肋骨状、放射状、弓状、さや豆状、波紋型、稲穂型などに分類しました。しかし、これらの書籍における地震雲の判断基準は主観的であり、場所や時期の予測根拠は明確ではないと指摘されています。

近年では、インターネット（掲示板やSNS）が普及し、これらの根拠があいまいな言説が依然として存在し続けています。

地震雲が否定される理由

地震予測を行うには、日時、場所、規模の3要素を適切に予測する必要があります。しかし、地震雲を含む気象現象、動物の異常行動、体感などは、科学的な証拠に基づいたものではなく、実用的な地震予知に利用することは困難です。

変わった形の雲は、大気の状態や地形などの影響で発生します。一方、地震も常にどこかで発生しており、これらの事象と地震の関連性は、見かけ上の相関に過ぎない可能性があります。相関を検証するには、判断基準が一定であり、第三者が検証でき、地震以外の要因を十分に考慮する必要があるのですが、それらが曖昧なため、科学的な検証が難しい状況です。

また、特異な形の雲を見た経験がある人は、大地震が発生すると、その経験を強く意識し、地震と雲を結びつけてしまいがちです。一方、地震が起こらなかった場合は、雲のことは忘れてしまうという心理的なバイアスも働きます。

さらに、地震雲の報告があったにもかかわらず、地震が発生しなかった例も多く存在します。例えば、1993年の釧路沖地震では、地震の1週間後に地震雲が出たという情報と共に、再び大地震が来るという噂が広まりました。また、インターネット上では、「地震雲騒ぎ」が頻繁に発生しており、夕刊タブロイド紙が報道の端緒となることもあります。これらの地震雲とされる雲は、気象現象で説明できるものがほとんどです。

過去には、雲と地震の関係について研究が行われたこともあります。霧箱実験は、地殻応力変化によるラドン放出が雲の生成に関与する可能性を示唆していますが、実証には至っていません。また、地殻応力変化によって放出される電磁波や重力波を根拠とする言説もありますが、気象学的な要因を排除して検証することが困難です。

日本地震学会は、雲と地震の関係が全くないと断言はできないという立場をとっていますが、報告される地震雲のほとんどは通常の雲のバリエーションで説明できること、報告の大部分が統計的に曖昧で雲と地震の相関を検証するには不足が多いことなどから、「地震研究者の間では一般に、雲と地震との関係はないと考えられている」としています。気象庁も「科学的な扱いができていない」「科学的な説明がなされていない状態」と説明しています。

地震雲の言説は、科学的な実証が不十分な疑似[[科学]]として扱われ、オカルトの範疇とされることもあります。アマチュア研究家が、科学的に不十分な手法を用いている状況が目立っており、地震が頻繁に発生する日本では、時期や範囲を過大にしたり曖昧にしたりすると「当たった」という成功体験が得やすく、自説を深めてしまう傾向があります。

雲の形状とよくある誤認

気象台への問い合わせで多いのは、放射状の雲（巻[[雲]]）、ロール状の雲（高積雲、層積雲）、長く残る飛行機雲などです。特に大きな地震の後は、専門家への問い合わせが増える傾向があります。見慣れないもの、理由が分からないものを不吉なもの、不安なものと捉えてしまい、説明を受けると安心する心理的なメカニズムも働きます。

以下は、地震雲に見立てられやすい雲の形状と、その気象学的な説明です。

雲の高さの錯覚: 低い所の飛行機雲を地震雲とすることがありますが、夕方、日光が低い所から照らすと高い雲が低く見えることがあります。
細長い雲の交差: 複数の飛行機雲が残った場合に発生します。上空の湿度が高いと、飛行機雲は成長し、長時間残ることがあります。
立ち昇るような雲: 観測者に対して真っ直ぐの方向の遠くに飛行機雲があると、立ち昇るように見えることがあります。
波状雲や放射状雲: 上層から下層まであらゆる高度に出現します。大気波によって生じ、地形の影響を受ける場合は安定して残ります。
放射状に見える雲: 衛星など上空から見て平行に並ぶ雲は、地上の視点からは地平線の特定の地点から放射するように見えることがあります。寒冷前線に伴う巻[[雲]]・巻積雲がこのようになることがあります。
くっきりと分かれる雲と空: 乾燥した空気と湿った空気が接する境界に生じます。
* 真っ赤な夕焼け・朝焼け: 大気の分子や浮遊微粒子による光の散乱により説明できます。彩[[雲]]や暈も大気光学現象です。

このように、地震雲とされる雲の多くは、気象現象や光学現象で説明できることがわかります。

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