崇高

崇高：畏敬と感動の美学

「崇高」とは、計り知れない巨大さ、圧倒的な力、あるいは壮麗な美しさといった、人間の感覚や理解を超えた対象から生じる感情や精神状態を指します。畏怖、驚嘆、感動といった感情が入り混じった、独特の心の揺さぶりを表現する概念として、古くから美学や芸術論において重要なテーマとなっています。

歴史的背景：ロンギヌスから現代思想まで

崇高に関する最初の体系的な考察は、古代ローマのロンギヌスの『崇高について』に求められます。この書物は17世紀にフランスで翻訳され、大きな反響を呼び、詩学や美学における崇高論の端緒となりました。

18世紀には、エドマンド・バークやイマヌエル・カントといった哲学者たちが崇高を主題とした重要な著作を発表しました。バークは『崇高と美の観念の起源』において、崇高体験における恐怖や畏怖の役割を強調しました。一方、カントは『判断力批判』において、崇高を「目的を超えた自然の力」に対する精神の反応として捉え、理性と想像力の相互作用によって生じる感情と定義しました。1755年のリスボン地震はヨーロッパに衝撃を与え、自然の圧倒的な力に対する畏敬の念を深め、崇高概念の発展に影響を与えたとされています。

19世紀のロマン主義以降は、崇高は一時的に注目度が低下しました。しかし、リヒャルト・ワーグナーやテオドール・アドルノといった思想家も崇高概念に言及しており、アドルノは「圧倒的に大いなるもの」に対する精神の抵抗を崇高の本質と捉えました。彼の見解はカントの解釈とは異なり、カントが崇高の対象とするのは感覚的興味に対する精神の抵抗である点を指摘しています。

20世紀後半以降は、特にフランソワ・リオタールの『崇高論』によって、崇高概念が再評価されています。リオタールは、ユダヤ主義的な視点から崇高を捉え、技術主義への批判を展開しました。彼の崇高論は、ラカン派の精神分析学者キャサリン・ベルシーによって、ラカンの想像界の概念との関連において解釈されています。

崇高の表現：自然と芸術

崇高は、壮大な自然風景、例えば山岳、海洋、嵐といった現象の中にしばしば見出されます。これらの自然は、人間の力や理解を超えたスケールと力強さを持ち、畏敬の念を抱かせます。

芸術においても、崇高は重要なテーマとなっています。絵画、音楽、文学など、様々な芸術表現において、人間の想像力を超えるスケールや力強さを表現することで、崇高な体験を観客や読者に与えようと試みられます。例えば、ベートーヴェンの交響曲などは、その圧倒的なスケールと力強さから、しばしば崇高な作品として評価されています。

現代社会における崇高

現代社会は、技術の進歩やグローバリゼーションによって、かつてとは異なる様相を呈しています。自然災害、環境問題、核兵器といった、人間の制御を超えた脅威は、新たな崇高体験を生み出しています。同時に、技術や科学の進歩は、人間の知的能力の限界を押し広げ、新たな崇高の対象を提示する可能性も秘めています。

崇高は、単なる美的な概念にとどまらず、人間の存在や精神、そして世界との関係性について深く問いかける、哲学的な概念でもあります。今後も、様々な角度から崇高概念の探求が続けられることでしょう。

関連概念

センス・オブ・ワンダー：自然や世界に対する驚きや感動
タウマゼイン：畏怖や驚異を感じさせるもの

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