後腹膜

後腹膜（こうふくまく）

後腹膜（こうふくまく）とは、人間の体幹部に位置する解剖学的な区画を示す用語です。これは、腹部の内壁を覆う薄い膜である「腹膜（ふくまく）」の「外側」、具体的には体の「背中側」に広がる空間を指します。

腹膜の内側に囲まれた空間は腹腔（ふくくう）と呼ばれ、胃や小腸、大腸、肝臓、脾臓といった多くの消化器系臓器が収められています。一方、後腹膜は腹腔よりもさらに奥、つまり背骨に近い側に位置する空間であり、腹膜によって前方の腹腔とは隔てられています。この配置から、「後」という言葉が用いられます。

後腹膜に含まれる構造物

この後腹膜の領域には、私たちの生命維持に不可欠な複数の重要な臓器や組織が収められています。その主要なものとしては、以下が挙げられます。

腎臓（じんぞう）：血液をろ過し尿を生成する左右一対の臓器です。その大部分が後腹膜に位置しています。
膵臓（すいぞう）：消化酵素やホルモン（インスリンなど）を分泌する臓器で、後腹膜に横たわるように存在します。
大血管：心臓から全身に酸素を含んだ血液を送る主要な血管である「大動脈（だいどうみゃく）」や、下半身や腹部の臓器から心臓へ静脈血を戻す太い血管である「下大静脈（かだいじょうみゃく）」といった重要な血管が、この後腹膜空間を走行しています。
その他：これらの臓器や血管の他に、神経組織、リンパ節、そして結合組織や脂肪組織、一部の筋肉なども後腹膜に含まれる構成要素です。後腹膜は比較的広い範囲にわたり、これらの構造物を支持し保護する役割を担っています。

後腹膜に発生する腫瘍

後腹膜は多様な組織構成のため、様々な種類の腫瘍が発生しうる場所ですが、ここに腫瘍が発生する頻度は、他の体幹部の部位に比べて一般的に低いとされています。発生する腫瘍には、良性のものと悪性のものがありますが、特に悪性腫瘍、いわゆる「がん」の中で注目されるのが「肉腫（にくしゅ）」と呼ばれる種類の腫瘍です。肉腫は、骨や筋肉、脂肪、血管、神経などを構成する結合組織から発生する悪性腫瘍の総称です。

後腹膜には脂肪組織や筋肉、血管、神経などが豊富に存在するため、これらの組織由来の肉腫が発生する可能性があります。特に後腹膜に発生する悪性腫瘍の中で、最も高い割合を占めるのが「後腹膜脂肪肉腫（こうふくまくしぼうにくしゅ）」です。

後腹膜脂肪肉腫について

後腹膜脂肪肉腫は、後腹膜に豊富に存在する脂肪組織から発生する悪性腫瘍です。全身で発生する悪性腫瘍全体を100%とした場合、後腹膜脂肪肉腫が占める割合は約0.2%と非常にまれな部類に入ります。このことから、後腹膜脂肪肉腫は「希少がん」の一つに位置づけられています。

後腹膜脂肪肉腫は、しばしば非常に大きくなってから発見される傾向があります。その理由の一つとして、後腹膜という体の深部に位置する空間では、腫瘍がある程度大きくなるまで周囲への圧迫や刺激による症状が出にくいことが挙げられます。腹部の張りや漠然とした痛み、腰痛などが現れることがありますが、これらは他の疾患でも見られる症状であるため、病気が進行するまで気づかれにくいことがあります。

診断には、超音波検査、CT（コンピューター断層撮影）検査、MRI（磁気共鳴画像）検査といった画像診断が重要です。これらの検査によって腫瘍の位置、大きさ、周囲臓器との関係などを評価します。確定診断のためには、針生検や手術によって採取した組織の病理組織学的検査が必要となります。

後腹膜腫瘍、特に悪性腫瘍の治療は、その位置の特殊性から難しい側面があります。周囲には大血管や重要な神経、臓器が近接しているため、腫瘍を完全に切除することが困難な場合があり、これが治療成績に影響を与えることがあります。また、後腹膜肉腫は再発しやすい性質を持つものが多いことも知られています。

まとめ

後腹膜は、腎臓や膵臓、大血管など重要な臓器を含む、腹膜の背側にある解剖学的空間です。ここに発生する腫瘍は比較的まれですが、特に脂肪肉腫は後腹膜悪性腫瘍の中で最も頻繁に見られ、悪性腫瘍全体の約0.2%を占める希少がんです。その深部にある位置のため発見が遅れやすく、周囲の重要構造物との関係から治療にも特殊な考慮が必要となります。後腹膜の正確な解剖学的理解は、これらの疾患の適切な診断と治療計画において極めて重要となります。

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