横兵庫

横兵庫（よこひょうご）

横兵庫とは、江戸時代中期から後期にかけて、主に吉原や島原といった大都市の高級遊女たちの間で流行した、非常に特徴的な髪形です。その名の通り、髪が顔の側面に向かって大きく張り出す形状が最大の特色でした。立兵庫という髪形を基に発展したとされ、格式の高い遊女が結う髪形として広く認知されていました。

結い方の特徴

横兵庫の結い方にはいくつかの明確な約束事がありました。まず、前髪はふっくらと丸みを持たせ、顔の脇に位置する鬢（びん）の部分は左右に大きく、扇を広げたように張り出させます。一方、襟足に沿って背中側に出る「たぼ」と呼ばれる部分は作らず、すっきりとしたシルエットにするのが一般的でした。

最も特徴的なのは髷（まげ）の部分です。初期の横兵庫は、立兵庫を文字通り横に倒したような比較的シンプルな形だったと考えられています。しかし時代が下るにつれて、髷は次第に巨大化していきます。最終的には、左右対称に同じ大きさの髷を作り、それぞれを扇形に美しく整えるのが定法となりました。後ろから見ると、この左右の髷がまるで蝶の羽のように見えることから、「蝶々髷」とも呼ばれたと言われています。

この巨大で立体的な髷を整形するために、当時の髪結いは特殊な道具を用いていました。それが「鼓（つづみ）」と呼ばれる木製の道具です。これは楽器の鼓と同じような形をしており、これを使って髷の内部を支え、理想的な扇形や蝶形を作り上げていたのです。鼓の使用は横兵庫を他の髪形と区別する重要な特徴の一つでした。

地域による髪飾りの違い

横兵庫の結い方自体は、京の島原と江戸の吉原で大きな違いはなかったとされています。しかし、そこに挿す髪飾りについては、両地で明確な差異が見られました。

共通して用いられた飾りとしては、和紙で作られた「丈長（たけなが）」や、鼈甲（べっこう）製の「笄（こうがい）」、そして同じく鼈甲で作られた多数の「三枚櫛（さんまいぐし）」が挙げられます。これらの基本的な飾りは、どちらの遊里でも横兵庫に不可欠な要素でした。

しかし、島原の横兵庫は、吉原に比べてさらに華やかで、飾りの種類や量が豊富な傾向がありました。島原では、共通の飾りに加えて、色鮮やかな鹿の子模様の布である「手絡（てがら）」を髪に掛けたり、歌舞伎などの芝居に登場する姫君がつけるような豪華な「花簪（はなかんざし）」、そして珊瑚などを連ねた長く垂れ下がる「ビラ簪（びら簪）」を前髪のあたりに多数挿したりしました。これらの飾りは、島原の遊女たちの装いを一層絢爛豪華なものにしていました。

また、共通の飾りである笄の挿し方にも違いがありました。島原では笄を髪に対して平行に挿すのが一般的でしたが、吉原では笄を交差させて挿すスタイルが見られました。こうした細部にも、それぞれの遊里の趣向が現れていたのです。

名称の由来に関する説

「横兵庫」という名前の由来については、いくつかの説が存在し、確定していません。江戸時代中期の『吉原大全』（酔郷散人著、1768年刊）という書物では、この髪形の名は、当時大橋柳町にあった茶屋「兵庫や」で結われていた独特の髪形に由来すると記されています。つまり、特定の茶屋のスタイルが他の遊女たちの間で広まり、その茶屋の名が髪形の名になったという説です。

しかし、これに対して『元吉原の記』という別の文献では、『吉原大全』の説を否定しています。具体的にどのような理由で否定しているのか、あるいはどのような別の説を提示しているのかは明確ではありませんが、少なくとも当時から名前の由来については異論があったことが伺えます。したがって、「横兵庫」の名前の起源は、現在も完全に解明されているわけではないと言えます。

総じて、横兵庫は江戸時代の高級遊女たちが身につけた、高度な技術と多額の費用を要する芸術的な髪形でした。その複雑な構造と華やかな装飾は、当時の遊里が持っていた独特の文化や経済的な豊かさを今に伝えています。

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