第一次エチオピア戦争

第一次エチオピア戦争は、1894年から1896年にかけて、植民地化を目指すイタリア王国と、アフリカで数少ない独立国であったエチオピア帝国（当時のヨーロッパでの呼称はアビシニア）との間に戦われた大規模な衝突です。

戦争の背景

当時のエチオピア帝国は、ラスと呼ばれる地方軍閥による反乱や王位継承争いが頻発し、さらにスーダンなどの周辺国との紛争も抱えていました。テオドロス2世の治世にはイギリス軍に敗れ、ヨハンネス4世の時代にはイタリア王国とのエリトリア戦争が発生し、エリトリアがイタリアの実効支配下に入るなど、外国勢力による圧力が強まっていました。

こうした状況下、エチオピア帝国の属国であったショア王国のメネリク2世は、エリトリアに駐屯するイタリア軍の支援を得て対立勢力を打ち破り、ティグレやアムハラといった地域を掌握し、1889年3月25日にエチオピア皇帝として即位しました。即位後の5月2日、メネリク2世はイタリアとの間でウッチャリ条約を締結します。この条約は、エチオピアがすでにイタリアに占領されていたエリトリアの割譲を認める代わりに、イタリアがメネリク2世の新政権を支援するという内容でした。

しかし、この条約には致命的な問題がありました。イタリア語版とアムハラ語版で、エチオピアの国際関係に関する条項の表現が異なっていたのです。アムハラ語版では「エチオピアは他国との外交を行う際にイタリアに通知することが望ましい」と読める表現だったのに対し、イタリア語版は「エチオピアは他国との外交をイタリアを通じてのみ行う」と解釈できる内容であり、これはエチオピアの外交権を含む多くの統治権限をイタリアに委ねる、事実上の保護国化を意味していました。1895年、メネリク2世がこの違いを指摘して抗議すると、イタリア政府は「言い回しの問題であり内容は同じ」と主張し、メネリク2世は条約の破棄を通告しました。

イタリア政府は、経済的な困難から大規模な増援を送ることなく、エリトリア駐屯軍の司令官オレステ・バラティエリ将軍にエチオピア侵攻を命じます。これは、以前のエリトリア戦争の経験から、近代化されていないエチオピア軍は数が多くても火力で圧倒できるという過信と、エチオピア国内の軍閥が反乱を起こす可能性への期待があったためです。

戦況の推移

1893年、イタリア軍はエリトリアに隣接するティグレ地方への侵攻を開始します。しかし、イタリアが期待していたような大規模な軍閥の反乱は起こらず、少なくともアムハラ系の軍閥は皇帝の下で結束し、戦場に向かいました。さらにイタリアにとって最大の誤算だったのは、メネリク2世の皇帝直轄軍が、短期間のうちに非常に先進的な装備を整えていたことです。イタリアの進出を警戒していたフランスは、貿易拡大やスーダン情勢への対策も兼ねて、メネリク2世に大量の銃火器や大砲を売却していました。こうした輸入による急ごしらえの近代化は、差し迫った危機に対して絶大な効果を発揮します。

1894年12月、イタリア軍の優勢を見てエリトリアでバータ・ハゴスによる反乱が発生しますが、バラティエリ将軍はこれを迅速に鎮圧し、アドワなどの地方都市を占領して進撃を続けます。1895年 1月には、有力軍閥のラス・メンゲシャがエリトリアへ攻め込んできたのをコアチツの戦いで撃破し、追い払いました。これらの初期の勝利は、イタリア陸軍の「アフリカ軍は弱い」という先入観を決定的なものにしてしまいました。イタリアだけでなく、武器を供与していたフランスさえも、バルドー条約でのイタリア支持を得るために、メネリク2世を見捨てる可能性を検討し始めていました。一方、メネリク2世は1895年9月にショア王国の軍を援軍として前線に送ることを決定します。

1895年12月、イタリア軍はエチオピア軍への追撃を開始しますが、12月7日のアンバ・アラギの戦いで、メネリク2世の直轄軍が近代火器を効果的に活用し、イタリア軍に初めて手痛い反撃を与えます。損害を受けたイタリア軍は、不完全な防御陣地に一部を残し、各地の部隊を集結させようとしました。勢いを得たエチオピア軍は前線陣地の包囲を開始しますが、イタリア軍の防御に阻まれ、すぐには陥落させられませんでした。しかし最終的に、イタリア側の陣地司令官は以前軍閥と結んでいた協定を使い、交渉によって陣地を明け渡し、後方の部隊と合流しました。対するメネリク2世は、陣地を明け渡したイタリア兵に武器の保持を認め、移動手段を提供するなど、敵に対する礼節を示しました。この行動は、メネリク2世がまだイタリアとの和解を望んでいたためと解釈されることが多いですが、地形的な有利を得るための戦略的な行動だったという説もあります。

アドワの戦い

エチオピア主力軍が軍閥とは異なり、近代的な装備と戦術を備えていることを理解したバラティエリ将軍は、当初決戦を避ける戦術を取りました。これは、エチオピア軍が常備軍ではなく、長期間の動員維持が難しいことを知っていたためです。しかし、イタリア本国のフランチェスコ・クリスピ首相は、ヨーロッパ列強であるイタリアがアフリカ相手に戦いを避けていることを批判し、バラティエリに決戦を厳命します。首相命令に従わざるを得なくなったバラティエリは、1896年3月、エチオピア主力軍が待ち構えるアドワへと軍を進めました。

1896年3月1日に発生したアドワの戦いでは、約1万5000人のイタリア陸軍と増援のエリトリア兵が、10万人を超えるエチオピア軍と対峙しました。エチオピア軍の少なくとも8万人はライフル銃と軍服を装備した近代歩兵でした。バラティエリは夜襲で打開を図りますが、メネリク2世は既にイタリア軍との戦いから学んでおり、万全の迎撃態勢を敷いていました。数の上でも火力でも勝るエチオピア軍の猛攻により、イタリア陸軍とエリトリア民兵隊は壊滅的な損害を受けます。最終的にイタリア陸軍は9500人から1万2000人が戦死・負傷し、エリトリア民兵隊も2000人が死亡または捕虜となりました。エチオピア側も1万人前後の死傷者を出しましたが、歴史的な大勝利を収めたのです。

捕虜となった兵士のうち、イタリア人兵士は、戦後の関係修復を視野に入れたメネリク2世の方針により手厚く扱われました。しかし、エリトリア人兵士や反乱に加わった兵士は「裏切り者」として、右手と左足を切断するという残忍な刑に処せられました。

戦争終結とその後

アドワでの予想外の勝利を収めたメネリク2世は、首都アディスアベバに帰還し、イタリア政府の反応を待ちました。イタリア国内では、アドワの戦いでの高い戦死率（規模は異なるものの、アイラウの戦いにおけるフランス軍の戦死率をも上回った）を前に、植民地戦争への幻滅が広がり、継戦論は退潮しました。

アドワの戦いからわずか2週間後、敗戦の責任を問われたフランチェスコ・クリスピ政権は国民の激しい非難の中で崩壊します。その後、新政権は外交団をエチオピアに派遣し、メネリク2世との間でアディスアベバ条約が締結されました。この条約により、ウッチャリ条約の「本来の」内容（エチオピアの完全独立承認とエリトリアの割譲）が改めて確認されました。条約締結後、フランスやイギリスなども相次いでメネリク2世と交渉を行い、自国の権益確保を図りました。

第一次エチオピア戦争での勝利は、エチオピアの独立を揺るぎないものとし、その後の第二次エチオピア戦争（1935-1937年）まで、エチオピアはアフリカで数少ない独立国としての地位を保ち続けました。

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