自然葬

自然葬とは

自然葬とは、故人の遺骨や遺灰を人工的な構造物である墓石や骨壺に納める代わりに、海や山、あるいは樹木の下など、自然の中に還すという葬送のあり方を指します。これは、遺体を荼毘に付した後に出る焼骨を、自然の摂理に沿って土や水に返すことで、故人が自然の一部となることを願う考え方に基づいています。

概念の変遷と広がり

かつて日本では「自然葬」という言葉が使われる際、焼骨を粉末状にして海や山に撒く「散骨」を指すのが一般的でした。しかし近年では、骨壺を使わずに遺骨を直接土に埋める方式や、土に還る素材でできた骨壺を用いる埋葬形式も「自然葬」と捉えられるようになっています。こうした自然葬が注目されるようになった背景には、現代社会の変化が深く関わっています。特に、核家族化や少子高齢化が進み、伝統的な家制度に基づいた墓の管理や継承が難しくなっていることが挙げられます。代々受け継ぐ墓を持つことやその維持に対する意識が変化し、より個人的な価値観や、管理の負担が少ない葬送方法を求める人が増えているのです。

「自然葬」という言葉自体は、元々民俗学者である五来重氏が、人の手が加えられていない古来からの葬送様式を指すために提唱した概念でした。しかし、この言葉が広く知られるようになったのは、1991年に発足した市民運動団体「葬送の自由をすすめる会」が、その活動趣旨の中で、独自の文脈でこの言葉を用いたことがきっかけです。マスメディアで取り上げられたことにより、「自然葬」は社会的な反響を呼び、1995年の「大辞林」第2版、1998年の「広辞苑」第5版といった主要な国語辞典にも収録されるほど、一般的な日本語として定着していきました。

なお、「自然葬」は英語の「Natural Burial」と訳されることがありますが、欧米における自然葬運動と日本のそれとは、直接的な影響を受けずにそれぞれ独自の経緯で発展しました。イギリスでは1993年に「Woodland Burial」という森の中での埋葬が始まり、これがNatural Burialとして広がり、北米やオーストラリア、ドイツ、韓国などにも同様の動きが見られます。

主な自然葬の形式

自然葬には、主に「散骨」と「樹木葬」という二つの代表的な形式があります。

散骨

散骨は、火葬後の遺骨を粉状にして、特定の場所（海、山など）に撒く方法です。火葬が一般的な欧米では、焼骨を土に埋めたり、定められた海域で散骨することが比較的広く行われています。一方、日本では明治時代以降、焼骨を家墓に納める慣習が定着していました。戦後、墓地以外の場所への埋葬を禁じる「墓地、埋葬等に関する法律」や、遺骨遺棄罪の規定から、散骨は長らく法的に問題がある行為と受け止められがちでした。

この状況を打破したのが「葬送の自由をすすめる会」の活動です。1991年、同会が神奈川県の相模灘沖で行った散骨は、当時の社会通念に一石を投じる出来事でした。同会は、節度をもって行われる散骨は法律に触れないと主張し、法務省や当時の厚生省も、その後の報道においては、散骨が法的に直ちに違法となるものではないという見解を示唆したとされています。この運動を通じて、散骨に対する社会の認識は変化し始めました。

その後の日本消費者協会による調査（2003年）では、自然葬（主に散骨を想定）について、半数以上が肯定的な意向を示しており、家墓での埋葬を望む割合を上回る結果となりました。これは、社会的な受容が一定程度広がっていることを示していますが、調査対象の限定性や質問設定の誘導性など、解釈には注意が必要です。

樹木葬

樹木葬も自然葬の一種で、墓石を置かずに樹木を墓標とする方法です。環境への配慮から世界的に広がりつつありますが、その内容は国によって異なります。例えばイギリスで推奨される樹木葬は、エンバーミングを行わず、分解されやすい棺で土葬し、墓標を立てず、伐採や整地もしないといった厳しい基準が設けられています。

一方、日本の樹木葬は、火葬された遺骨を、骨壺に入れるか直接土に還す形で埋葬します。散骨と決定的に異なるのは、樹木葬が行われるのは都道府県知事などから墓地としての許可を受けた区域であるという点です。墓地内で行われるため、法的な位置づけが明確であり、管理も比較的行き届いているケースが多いのが特徴です。

社会における自然葬

墓を持たず、自然に還りたいという個人の希望は、これまでも存在しました。例えば、英文学者の中野好夫氏や俳優の石原裕次郎氏は生前、遺骨を自然に返してほしいとの意向を持っていましたが、周囲の反対などにより実現しませんでした。しかし、1990年にライシャワー元駐日米国大使の遺灰が遺言に基づき太平洋に撒かれたことが話題になるなど、海外では著名人の散骨事例も多く存在しました。

「葬送の自由をすすめる会」の活動やその後の社会的な議論を経て、自然葬は現代日本における葬送の選択肢の一つとして認知されるようになりました。墓の管理・承継問題、個人の死生観の多様化といった社会の変化を背景に、自然葬を選ぶ人が今後も一定数存在すると考えられます。

もう一度検索