中野好夫

中野好夫：英文学者、評論家、そして時代の証人

中野好夫（1903-1985）は、20世紀日本の知性史において特筆すべき存在です。英文学者、評論家として多大な功績を残しただけでなく、時代の激動を鋭い視点で捉え、社会に発言し続けた稀有な人物でした。

愛媛県松山市に生まれた中野は、旧制徳島中学校を退学後、旧制第三高等学校を経て東京帝国大学文学部英文学科に進学。斎藤勇教授に師事し、平井正穂らと共に研鑽を積みました。卒業後は教師を経て、1935年には東京帝国大学助[[教授]]に就任。その厳格な風貌と辛辣な言動から「叡山の僧兵の大将」と呼ばれたといいます。木下順二、丸谷才一、野崎孝ら多くの弟子を育成しました。

戦後の1948年、東京大学教授に就任。この頃、太宰治と激しい論争を繰り広げました。太宰の短編「父」に対する批判に対して、太宰は自身の連載評論で中野を痛烈に批判。中野もまた、太宰の死後に彼の生き方を厳しく糾弾しました。この論争は、戦後日本の文壇における思想的対立の一端を象徴する出来事と言えます。

中野は英文学研究のみならず、社会評論にも積極的に取り組みました。1949年には平和問題談話会に参加し全面講和を主張、1953年には大学を退官して『平和』誌編集長に就任。朝鮮戦争後の好景気を背景に、1956年に発表した評論「もはや戦後ではない」は、同年の経済白書にも引用され、社会現象となりました。この言葉は、高度経済成長期の到来を象徴する流行語となりました。

その後、中野はスタンフォード大学客員教授、中央大学教授などを歴任。憲法問題研究会に参加し、護憲、反安保、反核、沖縄返還などを訴えました。特に沖縄問題には深く関与し、沖縄資料センターを設立、のち法政大学沖縄文化研究所に引き継がれました。また、黒い霧事件を契機とした都政刷新運動にも積極的に参加しています。金嬉老事件の際にも、著名な文化人・弁護士らとともに金嬉老を訪問し、会見を行いました。

1983年には無党派市民連合代表を務めました。多様な活動は、常に時代を先取りし、社会の矛盾を鋭く突くものでした。1985年、肝臓がんで死去。

中野の学問的業績は多岐に渡ります。エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史』の完訳を目指し、1976年から翻訳を開始。未完のまま病没しましたが、同僚や長男が翻訳を継承し、全11巻で完結しました。また、「淮陰生」の筆名で『図書』誌に連載したエッセイ「一月一話」は、後年単行本として出版され高い評価を得ています。

中野は、戦時中の日本文学報国会での活動について、戦後公に謝罪と贖罪を行いました。三里塚闘争にも積極的に支持を表明し、成田空港を生涯利用しなかったことなど、その一貫した行動は、常に強い信念に基づいていたことを示しています。

中野の家族もまた、それぞれの分野で活躍しました。最初の妻は土井晩翠の次女、長男は西洋思想史学者、長女はノンフィクション作家、孫は英文学者と、一家は知的な家系でした。

中野好夫は、単なる英文学者や評論家という枠を超えた、時代の証人と言えるでしょう。彼の著作や活動は、現代社会を考える上で、今もなお重要な示唆を与えてくれます。彼の残した膨大な著作群は、これからも多くの人々に読み継がれ、議論の対象となるに違いありません。

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