近江輿地志略

『近江輿地志略』（おうみよちしりゃく）は、江戸時代の1734年（享保19年）に完成した、近江国（現在の滋賀県）の地誌です。この地誌は、自然、歴史、文化など、近江国に関する広範な情報を詳細に記録しており、当時の社会や文化を理解する上で非常に重要な資料とされています。

編纂の背景と成立

この地誌は、膳所藩主であった本多康敏の命により、同藩士の寒川辰清によって編纂されました。完成後、1798年（寛政10年）に藩主の本多康完によって幕府に献上されるまで、約65年間もの間、その存在は秘匿されていました。これは、当時の政治情勢や藩の方針が影響していたと考えられています。

『近江輿地志略』は、近江国全域を対象とした最初の本格的な地誌として知られています。全101巻100冊という膨大な構成で、近江国の歴史的、地理的な概略から、滋賀郡をはじめとする各郡の村々の詳細な情報まで、幅広く網羅しています。具体的には、名所旧跡、河川、池沼、神社、寺院、古記など、実地調査に基づいた詳細な記述が含まれており、その詳細さから、滋賀県における基本的地誌の原本資料として、極めて貴重な存在です。

著者：寒川辰清

著者の寒川辰清（さむかわとききよ）は、元禄10年（1697年）に京都で生まれました。もともとは京都油小路出水の中邦氏の次男でしたが、膳所藩士である寒川辰成家に婿入りし、辰清と改名しました。彼は学問に秀でていただけでなく、実地調査にも熱心に取り組み、その結果が『近江輿地志略』に結実しました。

編纂は、享保4年（1719年）に本多康命の代に始まりましたが、当初、辰清は自身の学識不足と病気を理由に固辞し、向坂長英が代わりに編纂を命じられました。しかし、向坂長英が間もなく亡くなったため、康命の死後、本多康敏から再度編纂を命じられ、1734年に完成に至りました。しかし、完成後、1738年（元文3年）に中傷によって藩を追われ、大阪の唐金家に身を寄せた後、翌年に病で憤死するという悲劇的な最期を遂げました。辰清は他にも「本朝四民本伝」（1729年）、「武射必用」（1731年）といった著作も残しています。

内容構成

『近江輿地志略』は、以下のような構成で編纂されています。

序・凡例（初巻）：全体の概要や利用方法について説明しています。
引用書、総目録（巻之一）：参考文献や全体の目次を掲載しています。
建置沿革（巻之二）、藩封（巻之三）：近江国の歴史や藩の変遷について解説しています。
行程（巻之四）、湖水（巻之五）：地理的な情報、特に琵琶湖に関する記述が詳細です。
志賀郡（巻之六～三十八）：各郡の地誌情報を詳細に記載しており、特に志賀郡は多くの巻数を用いています。
栗太郡（巻之三十九～四十八）
甲賀郡（巻之四十九～五十三）
蒲生郡（巻之五十四～六十五）
野洲郡（巻之六十六～六十九）
神崎郡（巻之七十～七十一）
愛智郡（巻之七十二～七十三）
犬上郡（巻之七十四～七十六）
坂田郡（巻之七十七～八十三）
浅井郡（巻之八十四～八十七）
伊香郡（巻之八十八～九十一）
高島郡（巻之九十二～九十四）
人物（巻之九十五～九十六）：近江国ゆかりの人物について記述しています。
土産・跋（巻之九十七～百）：特産品や後書きが含まれています。

この構成からもわかるように、『近江輿地志略』は、単なる地誌にとどまらず、歴史、地理、文化など、多岐にわたる分野を網羅した百科事典的な内容を持っています。

文化財としての価値

2006年（平成18年）3月16日には、滋賀県立琵琶湖文化館が所蔵する寒川辰清の自筆本が、滋賀県指定有形文化財に指定されました。これは、この地誌が持つ歴史的・文化的な価値が公的に認められたことを示しています。

まとめ

『近江輿地志略』は、江戸時代の近江国を知る上で欠かせない、非常に重要な資料です。その詳細な記述は、当時の社会、文化、地理を理解するための貴重な手がかりであり、歴史研究においても重要な役割を果たしています。また、著者の寒川辰清の生涯も、その研究対象として注目されています。

もう一度検索