黄金の騎士

グスタフ・クリムト『黄金の騎士（人生は戦いなり）』：愛知県美術館の至宝

グスタフ・クリムトの代表作のひとつ、『黄金の騎士（人生は戦いなり）』（原題：Der Goldene Ritter または Das Leben ist ein Kampf）は、1903年に制作された油彩、テンペラ、金箔を用いた正方形の絵画です。一辺100cmの画布に、金色の森を背景に、黄金の甲冑を身につけた騎士が黒い馬に跨がり前進する姿が描かれています。騎士の行く手には蛇が、森の奥には骸骨が潜み、その足跡には様々な花が咲き乱れています。現在、この作品は愛知県美術館に所蔵され、同館のコレクションの中でも最も重要な作品の一つとして位置付けられています。コレクション展では常に目玉として展示され、美術館の出版物や広報物にも頻繁に登場しています。

作品の歴史：ウィーンから名古屋へ

1903年11月14日、ウィーンで開催された「第18回分離派展」で初公開されたこの作品は、『人生は戦いなり』という寓意的なタイトルで発表されました。その後、実業家カール・ヴィトゲンシュタイン氏の手に渡り、1905年にはクリムト自身によって『黄金の騎士』というタイトルで呼ばれるようになります。クリムト没後、作品はヴィトゲンシュタイン家の相続を経て、1983年にはロンドンのサザビーズでオークションにかけられ、その後ニューヨークの画廊を経て、1989年に愛知県が約17億7000万円で購入しました。これは日本の公立美術館によるクリムト作品収蔵の第一号であり、トヨタ自動車からの寄付金も購入費用に充てられました。愛知県文化会館美術館での新収蔵作品展での初公開を経て、1992年に愛知県美術館が開館すると、同館の最重要コレクションとして現在に至ります。

制作背景と解釈：デューラーへのオマージュとクリムト自身の闘い

この作品は、クリムトの成熟期の始まりを象徴する作品とされています。制作過程のスケッチは現存していないため、その制作過程は不明ですが、1513年制作のアルブレヒト・デューラーの銅版画『騎士、死、悪魔』からの強い影響が見て取れます。中世の騎士の姿に、近代芸術の革新に挑むクリムト自身の姿が重ね合わされていると考えられています。また、1902年に制作された壁画『ベートーヴェン・フリーズ』にも黄金の甲冑を纏った騎士が登場しており、本作品はその延長線上にある作品と言えるでしょう。

1903年当時、クリムトはウィーン分離派の中心人物として、伝統的な芸術様式からの革新を目指していました。しかし、その芸術は世間の理解を得ず、ウィーン大学講堂の天井画を巡るスキャンダルに巻き込まれるなど、激しい批判に晒されていました。この作品タイトル『人生は戦いなり』は、まさにクリムト自身の芸術家人生を賭けた闘いを象徴していると言えるでしょう。楽園を舞台としたこの絵画は、世間の批判に揺れるクリムトの複雑な心境、そして芸術家としての揺るぎない信念を表現しているとも言われています。金色の表現にはジャポニスムの影響もみられます。

愛知県美術館における『黄金の騎士』

愛知県美術館は、『黄金の騎士』を世界各地のクリムト展に出品してきました。カナダ、オーストリア、オランダ、イギリス、ハンガリーなど、様々な国で本作品は展示され、クリムトの芸術を世界に発信してきました。2012年にはクリムト生誕150周年を記念した展覧会でウィーンに里帰りし、日本国内でも大規模な巡回展が開催されました。

作品の構成と象徴性

金色の森、黄金の騎士、蛇、骸骨、そして咲き乱れる花々…これらの要素はそれぞれ象徴的な意味を持ちます。馬上で堂々と立つ騎士は、クリムトと仲間たちの芸術理念の擬人化であり、彼らが目指す新たな芸術の理想郷が花々の咲き乱れる道として表現されています。騎士の行く手を阻む蛇は、聖書におけるアダムとイヴを誘惑した蛇のように、新たな芸術への挑戦を妨げる邪悪な力、あるいは保守的な世間の抵抗を象徴しているのかもしれません。

まとめ

『黄金の騎士（人生は戦いなり）』は、単なる絵画作品を超え、クリムトの芸術家人生、そして近代芸術の変革期を象徴する重要な作品です。愛知県美術館の所蔵により、この作品は日本の美術史、そして世界美術史において重要な位置を占めることとなりました。その輝きは、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。また、2021年には、企画展に合わせ「黄金の騎士カレー」が販売されるなど、地域文化にも貢献しています。

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