いとしのレイラ (アルバム)

アルバム概要

ロックバンド、デレク・アンド・ザ・ドミノスが唯一残したスタジオ録音作品『いとしのレイラ』（Layla and Other Assorted Love Songs）は、1970年11月に世に送り出されました。このアルバムは、その象徴的なタイトル曲「いとしのレイラ」によって広く知られており、多くの音楽ファンや評論家から、エリック・クラプトンのキャリアにおける最高傑作の一つとしてしばしば挙げられます。バンドの中心であるクラプトン（ギター、ボーカル）に加え、ボビー・ウィットロック（キーボード、ボーカル）、ジム・ゴードン（ドラム、パーカッション）、カール・レイドル（ベース）が参加。さらに特筆すべきは、サザンロックの伝説、デュアン・オールマンがゲストとして招かれ、全14曲のうち11曲でその卓越したリードギターやスライドギターを披露し、アルバムのサウンドに決定的な色彩を添えている点です。

制作背景

デレク・アンド・ザ・ドミノスの結成は、エリック・クラプトンがそれ以前に参加したスーパーグループ、クリームとブラインド・フェイスでの経験に深く根差しています。クリームへの過大な期待や、ブラインド・フェイスの短命な活動で抱いたフラストレーションが、新たな音楽的表現を模索する動機となりました。ブラインド・フェイス解散後、クラプトンはデラニー&ボニー・アンド・フレンズに参加。そこで後のドミノスのメンバーと出会います。デラニー&ボニーのバンドを離れた後、ボビー・ウィットロックがイングランドでクラプトンと合流し、1970年春から数週間にわたり集中的な楽曲制作を行いました。ここで生まれた数々の曲が、『いとしのレイラ』の核となるマテリアルの大部分を占めることになります。その後、カール・レイドルとジム・ゴードンもクラプトンとウィットロックに合流し、バンドのラインナップが固まります。

クラプトンは自らの著名度から解放され、匿名性を保ったバンド活動を望んでいました。そのため、彼らは「デレク・アンド・ザ・ドミノス」という名前を選び、アルバム制作に先立ち、イギリス国内の小規模なクラブで約3週間のツアーを行いました。バンド名の由来については、初公演時の司会者がクラプトンの名前を誤って発音したことから生まれたという逸話も伝えられています。ツアーを終えた彼らは、アルバムを録音するため、アメリカのマイアミにあるクライテリア・スタジオへと向かいました。

アルバムのハイライトであり、象徴的な楽曲となった「いとしのレイラ」は、クラプトンの極めて私的な感情から生まれました。それは、親しい友であるジョージ・ハリスンの妻、パティ・ボイドへの抑えきれない想いでした。この心の痛みは、たとえ後にヘロインに頼るようになっても癒えることはありませんでした。音楽評論家のデイヴ・マーシュは、この曲について「歌手や作者が自己の最も深い部分に到達した瞬間を捉えた、ごくわずかなロックソングの一つであり、それを聴くことはまるで殺人か自殺を目撃するような衝撃だ」と評し、「『レイラ』はその中でも最も素晴らしい」と述べています。

デュアン・オールマンとの歴史的共演

ドミノスがクライテリア・スタジオで録音を開始して間もなく、運命的な出来事が起こります。プロデューサーのトム・ダウドを通じて、デュアン・オールマンとの出会いが実現したのです。当時、ダウドはオールマン・ブラザーズ・バンドのアルバムも手掛けており、クラプトンがマイアミに来ていることを知ったオールマンは、ぜひセッションを見学したいと希望します。その後、オールマンが慈善コンサートでマイアミに滞在していることを知ったクラプトンは、そのコンサートを見に行きたいと熱望しました。コンサートで演奏中のオールマンは、客席にクラプトンの姿を見つけると一瞬凍り付いたと言われています。ショーの後、スタジオ見学を申し出たオールマンに対し、クラプトンは「ギターを持ってきてよ。君も弾くんだ！」と直接セッションへの参加を促しました。

この夜、クラプトンとオールマンは夜通し語り合い、互いのギタープレイや音楽への尽きない情熱について語り合いました。ダウドは彼らが「互いを称賛し、ギターを交換し、音楽について語り合い、心を通わせた」と回想しています。クラプトン自身も後に自伝の中で、オールマンはまるで「自分が持ち得なかった、しかし願っていた音楽の兄弟」のようだったと記しており、フロリダでのセッションにおいて、二人は切り離せない存在であったことを強調しています。オールマンの参加は、アルバムにブルースフィーリング溢れる深みと躍動感をもたらし、作品の質を飛躍的に高めることとなりました。

レコーディングとサウンド

アルバム『いとしのレイラ』に収録された楽曲の大半は、クラプトンとウィットロックの共作によるもので、9曲のオリジナル曲に加え、5曲のカバー曲が収められています。この録音でクラプトンがメインギターとして使用したのは、1956年製のフェンダー・ストラトキャスター、通称「ブラウニー」でした。これは、クリーム時代にトレードマークだったギブソンギターとマーシャルアンプによる大音量のサウンドとは対照的に、トレブリーで乾いた枯れたサウンドを生み出しました。このサウンドの変化は、以降のクラプトンの音楽的な方向性を決定づけ、ストラトキャスターが彼のメインギターとして定着する契機となりました。また、使用された5ワットの小さなフェンダー・チャンプアンプも、このアルバムの伝説の一部となっています。

主要楽曲

オリジナル曲では、クラプトンとウィットロックが「アイ・ルックト・アウェイ」「キープ・オン・グロウイング」「エニイデイ」「テル・ザ・トゥルース」「恋は悲しきもの」の5曲を共作しました。ウィットロックは単独で「庭の木」を提供。クラプトンはニザーミーの詩に着想を得た「アイ・アム・ユアーズ」、ウィットロックも制作に関わったとされる「ベル・ボトム・ブルース」、そしてジム・ゴードンがピアノコーダ部分を作曲した「いとしのレイラ」を提供しています。「テル・ザ・トゥルース」は当初フィル・スペクターのプロデュースでアップテンポのシングルとして録音されましたが、バンドのスタイルに合わず販売停止となり、アルバムにはオールマン参加後に録音されたスローテンポのバージョンが収録されています。アルバムを締めくくる「庭の木」は、メンバー全員がスタジオ中央のマイクを囲んで録音された、ライブ感あふれる演奏です。

カバー曲には、ジミー・コックスの「だれも知らない」、チャールズ・シーガーとウィリー・ブルーンジーによる「ハイウェイへの関門」、ビリー・マイルズの「愛の経験」、ジミ・ヘンドリックスの美しい「リトル・ウィング」、チャック・ウィリスのドゥーワップバラードをアップテンポにアレンジした「イッツ・トゥー・レイト」が含まれます。特に「ハイウェイへの関門」は、スタジオで偶然サム・ザ・シャムの曲を耳にし、自然発生的に演奏を始めたものがそのまま録音されたという逸話が残っています。

アートワーク

アルバムの印象的なフロントカバーには、エミール・セオドア・フランセン・ド・ショーンバーグによる絵画「La Fille au Bouquet（花束を持つ少女）」が使用されています。クラプトンがこの絵を初めて目にしたのは、南フランスのジョルジオ・ゴメルスキーの自宅でした。彼は絵の中のブロンドの女性に、当時想いを寄せていたパティ・ボイドとの類似点を見出し、この絵をジャケットに使用することを決めました。クラプトンの意向により、ジャケットにはアルバムタイトルもバンド名も記載されない、シンプルで謎めいたデザインが採用されました。

リリースと評価の変遷

『いとしのレイラ』は、アメリカではアトコ・レコードから1970年11月に、イギリスではポリドールから12月にリリースされました。アメリカではビルボードのTop LPsチャートで最高16位を記録し、ゴールドディスクを獲得しましたが、イギリスでは当初チャートインせず、商業的には期待されたほどの成功を収めたとは見なされませんでした。プロモーション不足や、クラプトンがクリーム解散後に匿名バンドで活動していることへの混乱も、その要因として指摘されています。レコード会社は、混乱を解消するために「デレクはエリック」と書かれたバッジを配布するなどの対応を取りました。

発表当時の評論家の反応も賛否両論でした。ギタープレイは高く評価される一方で、ラブソング中心の内容やボーカルに対して批判的な意見もありました。しかし、「ヴィレッジ・ヴォイス」紙のロバート・クリストガウは当初から高い評価を与え、オールマンとドミノスの演奏の対比や、クラプトンの歌唱を称賛しています。また、「ローリング・ストーン」誌も好意的なレビューを掲載しました。

時間と共に、本作への評価は劇的に高まっていきました。初期の様々な意見にもかかわらず、『いとしのレイラ』は現在、批評家から広く賞賛され、エリック・クラプトンの最も重要な音楽的成果と見なされています。多くの評論家が、オールマンのスライドギターがクラプトンの演奏を新たな高みへ押し上げたこと、そしてアルバム全体の生々しく情熱的な演奏を称賛しています。インデペンデント紙は「画期的な地位を確実にするだろう」と評し、オールミュージックは「クラプトンが伝統を無視し、感情をむき出しにして歌い上げた強力なレコード」と絶賛しています。シカゴ・サンタイムズ紙は「エリック・クラプトンのキャリアにおける最も強力な録音であり、史上最高のブルースロック・アルバムの一つ」と評するなど、後年になってその真価が広く認められ、ロック史における傑作としての地位を確立しました。

ライブでの展開

アルバムのリリース後、デレク・アンド・ザ・ドミノスはアルバムをサポートするためのツアーを行いました。このツアーから、1973年にライブアルバム『イン・コンサート』がリリースされています。残念ながらデュアン・オールマンはツアーの全日程には参加しませんでしたが、1970年11月や12月には一部の公演でゲストとしてステージに登場し、クラプトンたちと共演を果たしました。

クラプトンはソロ活動に入ってからも、「いとしのレイラ」を自身のライブにおける重要なレパートリーとして演奏し続けています。特に2006年にJJ・ケイルとのアルバムを制作した際にオールマン・ブラザーズ・バンドのデレク・トラックスと共演して以来、クラプトンのバックバンドにトラックスが加わるようになり、クラプトンは彼の存在によって再びデレク・アンド・ザ・ドミノスで演奏しているかのような感覚を覚えたと語っています。トラックスとの共演以降、クラプトンのライブでは『いとしのレイラ』収録曲がより多く演奏されるようになり、ステージのクライマックスで「レイラ」が披露される定番の流れが確立されていきました。

CDリリースの歴史

『いとしのレイラ』は、CD時代に入ってからも様々な形でリリースされ、その音質の向上や未公開音源の収録など、ファンにとって魅力的な展開を見せています。最初のCDは1983年に日本で製造された2枚組バージョンでした。当時のCD収録時間の制約から、77分のアルバムは2枚に分けられました。この初期盤はオリジナルのマスターテープから何世代もコピーされたテープを元にしていたため、テープヒスが多いという問題を抱えていました。

1990年には、アルバムリリース20周年を記念した拡張版として、3枚組の『レイラ・セッションズ』が登場します。このセットには、オリジナルアルバムのリミックスに加え、未発表のアウトテイクやジャムセッション音源を収めた2枚のディスクが追加されました。特に、クラプトンとオールマンが初めて出会った夜のセッション音源などが含まれ、制作過程を垣間見ることができます。1993年には、モービル・フィデリティ・サウンド・ラボが初めてオリジナルのステレオマスターテープを使用した24金CDをリリースし、音質の大きな改善を実現しました。その後も1996年、2004年（SACD/CDハイブリッド盤）、2011年（40周年記念リマスター）と、高音質化や特典を追加した様々なバージョンがリリースされ、世代を超えて多くの音楽ファンに届けられています。

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