いもりの黒焼 (映画)

『いもりの黒焼』は、1908年（明治41年）に横田商会が製作・配給した日本のサイレント喜劇映画です。日本で初期に作られた劇映画の一つとされています。横田商会は、後の日活の前身となった会社の一つで、京都を拠点に映画の製作や配給を行っていました。

この映画の制作背景には、当時の映画業界の状況が深く関わっています。1905年頃から横田商会で撮影技師として働いていた土屋常吉が退社した後、その甥であり弟子でもあった福井繁一が、土屋の仕事を継承しました。1908年、伊藤博文が純宗と共に朝鮮を視察した際、京城日報の依頼でドキュメンタリー映画『韓国観』を撮影した福井が、帰国後に取り組んだのがこの『いもりの黒焼』でした。

当時、横田商会はまだ撮影所を持っていなかったため、撮影は全てロケーション撮影で行われました。京都の大虎座の舞台俳優である鶴家団十郎とその一座をキャスティングし、大阪の住吉大社でロケ撮影が行われました。撮影はわずか半日で完了したと伝えられています。

作品は全3場面で構成された短編映画で、上方落語でも有名な大阪・高津宮の惚れ薬「いもりの黒焼」を題材にしたスラップスティック・コメディでした。セリフやト書きを表示する字幕はなく、パントマイムによって物語が展開されます。福井の前作『韓国観』が公開された1908年6月1日と同月の25日に、東京・神田の横田商会特約館である錦輝館で公開されました。

物語は、神社の太鼓橋のたもとで物乞いをする老婆が登場するところから始まります。そこへ美しい女性が通りかかり、その女性に一目惚れした男が、神社近くの店で惚れ薬である「いもりの黒焼」を購入します。男は早速その薬を女性に振りかけようとしますが、誤って老婆に振りかけてしまいます。すると、たちまち薬の効果が現れ、老婆は男を追いかけ始めます。男は逃げ惑い、池にたどり着き、ボートに乗って逃げようとしますが、老婆もボートに乗り込んで追いかけるというドタバタ劇が展開されます。

『いもりの黒焼』は、日本映画史において初期の喜劇映画として重要な位置を占めていますが、残念ながら、現在その上映用プリントは東京国立近代美術館フィルムセンターやマツダ映画社にも所蔵されておらず、現時点では鑑賞することが不可能な作品となっています。

この映画のスタッフは、監督・撮影・編集を福井繁一が担当し、鶴家団十郎一座が出演、横田商会が製作しました。上映時間は不明で、白黒のスタンダードサイズ（1.33:1）のサイレント映画でした。

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