おもいで (平尾昌章の曲)

「おもいで」は、日本のポピュラー音楽シーンにおいて、特定の時代の空気と、アーティストの転換点を象徴する楽曲の一つです。

この楽曲は、1950年代後半から1960年代にかけて一時代を築いたロカビリーブームの中心人物であった平尾昌章（ひらお まさあき、歌手としては旧名の平尾昌章名義で活動）によって生み出されました。作詞は、平尾のそれまでのヒット曲「星は何でも知っている」も手がけた水島哲（みずしま てつ）が担当。作曲と歌唱は平尾自身が行い、1961年にキングレコードからシングルとしてリリースされました。

発表された当初、「おもいで」は残念ながら大きな商業的成功を収めるには至りませんでした。同時期に発表された他の楽曲、例えば平尾自身のヒット曲である「ミヨちゃん」などの陰に隠れてしまい、あまり世間の注目を集めることができなかったのです。歌手として絶頂期を過ぎ、一時期は表舞台から遠ざかりかけていた1965年頃のこと、北海道のラジオ局HBCラジオでDJを務めていた三浦陽二（みうら ようじ）が、自身の番組でこの「おもいで」をオンエアしました。すると、リスナーからの反響が驚くほど大きく、リクエストが殺到する事態となったのです。

その人気は地元北海道で急速に高まり、当時のヒットチャートを賑わせていた加山雄三の「君といつまでも」、世界的な人気を誇ったザ・ビートルズの「イエスタデイ」、そして倍賞千恵子の「さよならはダンスの後に」といった名曲を抑え、HBCラジオのリクエストランキングで堂々の1位を獲得するに至りました。この予期せぬ北海道での爆発的なヒットを受け、既に廃盤となっていた「おもいで」のシングル盤が再プレスされることになりました。これは北海道限定盤として発売され、結果として約3万枚という好セールスを記録します。

この「おもいで」の再ヒットは、当時の平尾にとってまさに久々に脚光を浴びる契機となりました。音楽活動において新たな方向性を模索していた時期に、過去の楽曲が思わぬ形で再評価されたことは、その後のキャリアに大きな影響を与えたと考えられます。

さらにこの楽曲は、日本の音楽史において重要な役割を果たすことになります。平尾が再評価された後、渡辺プロダクションに所属し、キングレコードからデビューしたばかりの新人歌手、布施明（ふせ あきら）によってカバーされることになりました。布施明版の「おもいで」は、森岡賢一郎（もりおか けんいちろう）による編曲で新たにレコーディングされ、1966年3月にシングルとしてリリースされます。布施明にとって、この「おもいで」は自身初の大きなヒットとなり、彼が一躍スターダムへと駆け上がる決定的な一歩となりました。一方、作曲者である平尾昌章も、布施明のカバーによる成功を機に、自身の活動の中心を歌手から作曲へと本格的にシフトしていくことになったのです。

「おもいで」は、オリジナル版のB面に「しあわせは音もなく」（作詞：水島哲、作曲／編曲：菅野邦彦）、布施明版のB面に「悲しき旅路」（作詞：橋本淳、作曲／編曲：すぎやまこういち）をそれぞれ収録していました。

このように、「おもいで」という一曲は、オリジナル版の発表、一度の不振、地方局での再燃、そして新たな歌手によるカバーヒットという波乱万丈な道のりを経て、関わった複数のアーティストの運命を動かす作品となりました。それは、単なる流行歌に留まらず、音楽が時代や場所を超えて人に届き、新たな可能性を開く力を持つことを示すエピソードとして記憶されています。

この楽曲の歴史は、日本の音楽業界における一つの興味深い事例として、今なお語り継がれています。

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