くもとちゅうりっぷ

くもとちゅうりっぷ

『くもとちゅうりっぷ』は、1943年4月15日に松竹動画研究所が製作・公開した日本の白黒アニメーション映画です。横山美智子の童話集『よい子強い子』に収録された一編を原作としています。

概要

太平洋戦争中に制作された貴重な国産アニメーションであり、松竹初の本格的なアニメ作品として多大な予算が投じられました。当時の大学初任給の倍以上となる高給でスタッフを雇い、16分の短編作品に2万枚もの動画を使用。プレスコ方式を採用し、童謡歌手の杉山美子がてんとう虫の声を、オペラ歌手の村尾護郎がクモの声を担当し、歌を交えたミュージカルアニメーションとして制作されました。

監督は、松竹動画研究所に招かれた政岡憲三。主人公であるてんとう虫の動きは、政岡の妻をモデルに作画されました。原作は短いものだったため、アニメーションの叙情性は政岡憲三の手腕によるところが大きいとされています。

当時一般的だった切り絵アニメではなく、セル画が使用されている点も特徴です。セルは貴重品だったため、何度も「セル洗い」を行い、再利用されました。また、白黒作品でありながら、色の諧調を出すためにセル画に彩色が施されています。

ストーリー

物語は花畑を舞台に、てんとう虫の女の子とクモの追いかけっこを中心に展開されます。

クモは、樹に巣を張り、ハンモックに誰かを乗せようと探していました。歌を歌うてんとう虫の女の子を見つけると、「ハンモックで遊ばないか」と誘います。しかし、てんとう虫は「日が暮れたから」と断ります。諦めきれないクモは、糸を操り執拗に追いかけますが、危険を感じたチューリップがてんとう虫を花の中に隠します。怒ったクモはチューリップを糸でぐるぐる巻きにし、てんとう虫を閉じ込めます。そして、ハンモックに戻り眠ってしまうのです。

やがて大雨が降り出し、嵐になります。ハンモックは飛ばされ、クモの巣も壊れてしまいます。飛ばされずに済んだクモは巣を修理しようとしますが、飛んできた枝に当たり遠くまで飛ばされてしまいます。別の木にたどり着いたクモは、ミノムシから蓑を奪い嵐をやり過ごそうとしますが、蓑の中で身動きが取れなくなり、糸も操れず水の中に落ちてしまいます。

嵐が過ぎ去り、再び陽が差す花畑で、てんとう虫はチューリップから出て再び歌い始めます。クモの姿はなく、半分になったクモの巣が残されているだけでした。

評価

キャラクターの演技や嵐のシーンの作画、そして全体を彩る叙情性から、政岡憲三の代表作であると同時に、日本アニメーション史に残る傑作として高く評価されています。戦時中に多く作られたプロパガンダ色の強い国策映画とは異なり、童話のような教訓をミュージカル仕立てで描いている点が特異であるとされています。

メタファー

擬人化されたキャラクター設定から、様々な解釈が生まれています。てんとう虫の女の子は日本人、クモは欧米列強を象徴し、嵐が神風を暗示しているという解釈や、逆に、白い肌のてんとう虫を白人、黒いクモを南洋の土人と解釈し、当時の時代背景から文部省の推薦を得られなかったという逸話も残っています。

アニメ監督の片渕須直は、クモの動きがアメリカのアニメーション的である点を指摘し、政岡憲三が「アメリカ的なデザインの蜘蛛」と「日本的なデザインのてんとう虫」を対比させ、それぞれに「アメリカ的なアニメーションの動き」「日本的なアニメーションの動き」を与えようとしたのではないかと考察しています。

作画スタッフの熊川正雄は、クモが身につけているカンカン帽とマフラーは、当時の日本で流行していたファッションであると証言しています。

視聴者

漫画家の松本零士は、幼少期に本作を見てアニメ制作を志したと語っています。偶然にも同じ劇場で手塚治虫も本作を見ており、後に二人が出会った際に、同じ日に本作を見ていたことが判明しました。漫画家のうしおそうじは、戦時下にこのような叙情的な作品が作られたことに感銘を受け、涙を流したと述べています。

スタッフ

企画：熊木喜一郎
原作・作詞：横山美智子
演出・脚本・撮影：政岡憲三
作曲・指揮：弘田龍太郎
歌：村尾護郎、杉山美子

関連製品

DVD / Blu-ray「桃太郎 海の神兵」「くもとちゅうりっぷ」デジタル修復版（2016年8月3日、松竹）
* DVD『くもとちゅうりっぷ 日本のアニメーションの父 政岡憲三作品集』（アニドウ）

その他

戦後もテレビで放送されることがあり、2003年には『探偵!ナイトスクープ』で紹介されました。現在、フィルムセンターでデジタル復元作業が進められています。

もう一度検索