こわれた腕環

『こわれた腕環』解説

アーシュラ・K・ル＝グウィンによるファンタジー小説『こわれた腕環』（1971年）は、世界的に人気の高い『ゲド戦記』シリーズの第2作です。本作は、前作『影との戦い』に続く物語であり、架空世界アースシーを舞台に、少女テナーの成長と葛藤を描いています。

あらすじ

物語は、カルカド帝国に生まれた少女テナーが、大巫女の生まれ変わりとしてアチュアンの墓所に連れてこられるところから始まります。彼女は「名なき者たち」に仕える巫女として、孤独な日々を送ります。しかし、魔法使いゲドが伝説の護符の一部を求めて墓所に侵入したことで、彼女の運命は大きく変わります。ゲドを捕らえたテナーは、彼との交流を通して外の世界を知り、自身の信仰と役割に疑問を抱き始めます。

作品のテーマ

『こわれた腕環』は、単なるファンタジーアドベンチャーではなく、多岐にわたるテーマを扱っています。

成長とアイデンティティ: テナーが外界との接触を通して自己を発見し、巫女としての役割から解放されようとする姿は、自己探求の物語として読むことができます。
教義と信仰: カルカド人の文化や宗教観を通して、信仰のあり方や教義の矛盾が浮き彫りにされます。テナーが「名なき者たち」への信仰に疑問を抱き始める過程は、信仰の多様性を示唆しています。
ジェンダーと権力: 神権政治の家父長制社会における女性の役割が描かれています。巫女という立場の裏に隠された女性たちの抑圧や葛藤が、物語に深みを与えています。
文化人類学的視点: カルカド人の文化や社会構造は、人類学的な視点から分析されています。ル＝グウィンの文化人類学への知識が、作品のリアリティを高めています。

アースシーの世界観

『こわれた腕環』の舞台となるアースシーは、独自の文化と魔法体系を持つ世界です。多島海と呼ばれる島々の集まりであり、人間や竜、魔法使いなどが共存しています。アースシーの世界観は、北欧神話やアメリカ先住民の伝説、道教などの影響を受けており、奥深い設定が魅力です。

カルガド帝国: アースシーの東に位置するカルガド帝国は、白い肌を持つ人々が住む神権政治国家です。宇宙の均衡や魔法を信じず、「名なき者たち」を崇拝しています。軍国主義的かつ家父長的な社会構造が特徴です。

アチュアンの墓所: カルカド帝国にあるアチュアン島に位置する墓所は、「名なき者たち」を祀る聖地です。地上と地下の二重構造を持ち、地下には迷宮が広がっています。テナーはこの場所で孤独な生活を送ります。

主要な登場人物

テナー（アルハ）: 本作の主人公。アチュアンの墓所の大巫女であり、「喰らわれし者」を意味する「アルハ」と呼ばれています。ゲドとの出会いを通じて、自己を取り戻していきます。
ゲド: 前作『影との戦い』の主人公である魔法使い。エレス・アクベの腕環の半分を求めてアチュアンを訪れます。テナーに外の世界を教え、彼女の成長を助けます。
サー: アチュアンの兄弟神の神殿に仕える第一巫女。アルハの教育係であり、厳格ながらも公平な人物です。
コシル: アチュアンの大王の神殿に仕える巫女。アルハを軽蔑し、自分の権力を守ろうとします。

作品の評価

『こわれた腕環』は、出版当時から高い評価を受けており、1972年にはニューベリー賞名誉賞を受賞しました。テナーのキャラクターやル＝グウィンの文章、カルカド人とアースシーの他の地域の人々との文化的な違いの描写などが評価されています。また、宗教的テーマや倫理的問題の探求についても称賛されています。

まとめ

『こわれた腕環』は、少女テナーの成長を通して、信仰、自由、ジェンダーといった普遍的なテーマを深く掘り下げたファンタジー小説です。アースシーの世界観や魅力的な登場人物、そしてル＝グウィンの美しい文章が、読者を物語の世界へと引き込みます。ぜひ手に取って、テナーの心の旅を体験してみてください。

シリーズを通して読むことで、アースシー世界の奥深さや、ゲドとテナーの関係性の変化をより深く理解することができます。

翻案

宮崎吾朗監督によってアニメ映画化された『ゲド戦記』は、この『こわれた腕環』を原作の一つとしています。

もう一度検索