たちぎれ

立ち切れ

『立ち切れ』は、古典落語の演目の一つで、男女の悲恋を描いた人情噺です。「たちきれ」と平仮名で表記されることもあり、「たちきり」「たちぎれ線香」とも呼ばれます。元々は上方落語ですが、現在では東京でも広く演じられています。人情噺の少ない上方落語発祥の噺としては珍しく、東京にも定着した演目の一つです。

概要

原話は江戸時代の笑話集『江戸嬉笑』の一編「反魂香」とされ、初代松富久亭松竹の作と伝えられています。東京へは、六代目桂文治あるいは三代目柳家小さんが移したと言われています。

一般的な滑稽噺とは異なり、抜けた人物が登場せず、笑いの要素は非常に少ないです。悲劇的になりすぎないように演じる必要があり、演者には高い技量が求められます。三代目桂米朝は「数百を越える上方落語の中で、最も神聖化されている噺」と評しています。また、若旦那が逆上してまくしたてる場面を、番頭が悠然と煙草を吸ってから諫める演出は、非常に効果的だと絶賛されています。

主な演者

物故者
三代目桂米朝
五代目桂文枝
三代目春風亭柳好
八代目三笑亭可楽
現役
笑福亭鶴瓶
三代目桂文之助
三代目古今亭圓菊
古今亭菊之丞
柳家さん喬
5代目桂米團治

あらすじ

物語は、線香が花代の時間計測に使われていた時代の説明から始まります。

ある商家の若旦那は、これまで真面目に働いていましたが、友人に誘われて花街へ。そこで芸者の小糸（東京では美代吉）と出会い、一目惚れします。若旦那は小糸に夢中になり、店の金にまで手を付ける始末。見かねた親族や店員が集まり善後策を協議します。番頭は「乞食の格好をさせて追い出し、金のありがたみを分からせるべきだ」と提案。これに若旦那は激怒しますが、結局店の蔵に100日間閉じ込められることになります。

小糸からの手紙は毎日届きますが、番頭は若旦那に見せません。80日目、ついに手紙が途絶えてしまいます。100日後、蔵から出た若旦那は改心を口にし、番頭に感謝します。そこで番頭は、最後に届いた小糸の手紙を見せます。

「この文をご覧に相なりそうろう上には 即刻のお越しこれ無き節には 今生にてお目にかかれまじくそろ かしく 小糸」

番頭は「色街の恋は儚いもの」と言いますが、若旦那は神社へのお参りを口実に花街へ向かいます。

置屋に着くと、女将から小糸が亡くなったことを告げられます。芝居の約束をしていたのに若旦那が来ず、手紙も届かない。そのうちに小糸は恋煩いをこじらせ、亡くなってしまったのです。若旦那は後悔の念に苛まれ、事情を説明します。女将は若旦那を許し、小糸の三七日の法要に招き入れます。

若旦那が仏壇に手を合わせると、どこからともなく若旦那の好きな地唄「雪」が流れ出します。三味線がひとりでに鳴り出したのです。若旦那は「小糸、許してくれ。生涯妻を持たない」と誓います。その時、三味線の音が止まります。女将は「あの子はもう、三味線を弾けません」と告げます。若旦那が理由を尋ねると、

「仏壇の線香が、たちぎれでございます」

バリエーション

ヒロインの芸者が病死するのではなく、手紙の誤送をきっかけに別の商家の番頭に殺されるという展開も存在します。この場合、芸者は清純でない女性として描かれ、幽霊となって現れるなど、滑稽噺の要素が強くなります。
三味線の音を途中で切る演出や、フェードアウトさせる演出など、演者によって表現方法が異なります。
三代目桂あやめの新作落語「立ち切れ線香外伝・小糸編」では、小糸があの世で地唄の師匠と再会し、過去を回想する物語が加えられています。
三遊亭白鳥は、舞台を新潟県上越市高田に移した「雪国たちきり」を演じています。

エピソード

三代目桂米朝によれば、以前はこの噺は大師匠しか演じることを許されず、お囃子方も協力してくれなかったそうです。
NHK朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」の第17週は、この噺がモチーフとなっています。主人公の母の名前「糸子」は小糸が元ネタです。

『立ち切れ』は、演者の技量によって大きく印象が変わる、奥深い演目です。機会があれば、ぜひ様々な演者の語り口に触れてみてください。

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